2005年08月30日

俊輔が帰国

28日のダンファームリン戦で移籍後初ゴールを決めた俊輔が9月7日のホンジュラス戦に向けて昨日グラズスゴー空港を発ち、今日午前 日本に帰国した。

今回の試合を来年6月のW杯ドイツ大会の予行演習と位置づけた。

「勝つことは大事。でも、まだ本大会まで時間はある。勝つことばかり頭に入れるのではなく、W杯を意識した試合をするのが大事だと思う」と、ホンジュラス戦の向こうにドイツW杯をにらんだ。

「例えば1―0で勝っていて押し込まれている。無理して攻めるのではなく、サイドに散らして、落ち着かせるとか、そういうことを試したい」とコメント。

俊輔はまた時間帯と試合展開に応じた効果的なプレーの重要性も主張した。

日本帰国直前 OFFにも拘わらず 俊輔は時差ボケ調整を考え 早朝6時半に起床(4時間
睡眠)、ジムで1時間も筋トレを行う等 プロ意識の強さも人一倍だ。
ホンジュラス戦の正式発表は2日、 久しぶりに日本食を堪能し4日からの合宿に備える。

思えば2002年 W杯メンバー発表直前、ホンジュラス戦でCKから直接ゴールを決める等
俊輔が2得点をあげたのは まだ記憶に新しい。

レンジャーズがホームで完敗した事で セルティックは現在2位に浮上(首位はハーツ)。 是非ホンジュラスに勝って 気分良くグラスゴーに戻ってほしい。
そして今度こそ FKからもゴールを決めてほしいところだ・・・。
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2005年08月29日

俊輔アウェーのダンファームリン戦で日本人初ゴ〜ル!!

俊輔がついにスコットランドで日本人初ゴールを決めた。

屈辱のダービーから一週間、レノン、トンプソンと主力メンバーの出場停止、怪我人も多い中、俊輔はストラカン監督に FKのみならず 全権を委任された。

しかしアウェーの上 メンバー入れ替えによるシステム変更もあり、不安視される声も少なくなかった。

前半は左でチームを落ち着かせるプレーを強いられていた俊輔も 後半は右サイドで再三チャンスを作り出す。

49分相手25番に顔をかきむしられた俊輔は珍しく闘志むき出しで相手選手の手を思い切り振り払う場面も。 俊輔が怒りを顕わにした場面を目にしたのはいつぶりだろうか・・・

最近では思い当たらない程 いつも冷静な俊輔だが、新参者への小ばかにしたような洗礼に男のプライドが許さなかった。

そしてついに57分 火のついた俊輔に 歴史的ゴールが待っていた。

ズラウスキの左サイドからのボールに後方から俊輔が全速力で走りこみ ついにスコットランド初の日本人ゴールを達成した。

ハートソンに顔をうずめ喜び合う俊輔 まるでお父さんと息子が抱き合っているかのような光景だったが この流れの中からのゴールで益々チームは勢いを取り戻した。

心配されたダンファームリン戦、終わってみれば0−4の完勝、そして俊輔はフル出場。

俊輔は試合前のコメント通り、しっかりアウェーで見事な勝利を勝ち取って 今日、代表ホンジュラス戦出場の為 日本に向け帰国する。 SPL初ゴールという大きな大きな土産を持って・・・!!


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2005年08月28日

セルティック/スコットランドについて

セルティックFC 

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【正式名称】Celtic Football Club (愛称=The Hoops. The Bhoys)

☆ホームタウン
スコットランド・グラスゴー  1888年設立 100年を超える名門チーム。  
 
☆ホームスタジアム
セルティックパーク(通称=パラダイス) 
         (6万832人収容)
1938年には 92000人 (レンジャーズ戦) 1937年のスコティッシュカップには何と 14万7千人ものサポーターがつめかけたという。
   

☆クラブ色
エメラルドグリーンと白の横縞。 

☆代表者=ブライアン・クイン 
 監 督=ゴードン・ストラカン          
 
☆創設の歴史と理念
1888年。 フットボールの試合で得た収益金で貧困にあえぐアイルランド移民の救済する事を目的に創設された。 
創設者はブラザー・ウォルフリット。 やはりアイルランド人の牧師だ。  ビジネスのみを重視したフットボールクラブではなく 地域に根ざした慈善活動をベースとし 地域社会への貢献する事を常に考えている。   セルティックの誇りは 「フットボールを通じて貧しい移民を救う」という その理念が 創設から120年も経過した今でも 崩れる事はなく 受け継がれている事。
エンブレムの四つ葉のクローバーは 幸福のシンボルとして 創設当時から使用されている。    セルティックは心 家族 人生全て 自分の身体には緑の血が流れている・・・とセルティックサポーターであることを誇るセルティックサポーター。    選手達はそのファミリーの大きな声援を受けピッチに立ち その声援が選手達の力を奮い立たせる源となっている。


☆ユニホームメーカー
  ナイキ
※ユニのスポンサー「CARLING]はビール会社、この度契約延長され2010年までとなった。


☆スポンサー
CARLING ナイキ T-Mobille SANYO uk等


☆タイトル☆  
  リーグ優勝42回  スコティッシュ杯34回優勝 リーグカップCIS杯13回優勝   欧州CL(チャンピオンズカップ)1回優勝(1966〜7)  欧州CL16強(決勝トーナメント進出)2006−7、 2007−8

1967年 のチャンピオンズカップではイギリス勢初の優勝となった。   2006〜7シーズンの 俊輔がマンチェスターU戦でFKを決めての チャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出は セルティック歴史上初の快挙となった。   そして今季(2007−8)も決勝トーナメント2連続出場が決定し、2月と3月にバルセロナとの対戦が決まっている。 


☆スコティッシュプレミアリーグ
12チームで構成されている。
1節〜33節まで 3回総あたりの対戦。  34節〜38節までは上位グループと下位グループ 各6チームずつに分かれての対戦となる。  最下位は1部リーグに降格。 (SPL編成=プレミア 1部 2部 3部・・)

その他 日本でいう天皇杯やナビスコに相当するカップ戦、 スコティッシュカップ と CISカップがある。   カップ戦はスコットランドプレミアに加えて 1部2部3部も参加して行われるトーナメント形式の一発勝負の大会。   同点の場合は延長〜PKとなる。

☆ライバル
グラスゴーにはセルティックの他、レンジャーズという強豪チームがある。  セルティックの語源は「ケルト人」からきており 歴史的にカトリック信者 ゲール人 スコットランド人支持が多いセルティックに対し、 プロテスタント系信者 連合主義者支持が多いのがレンジャーズ。   このライバル関係には 宗教的 政治的 民族的関係を含む大変複雑なものがあり そう簡単には語れない。 

従ってこの2つのチームが対戦するグラスゴーダービーは世界一危険なダービーと言われ 昔からサポーターもヒートアップする大イベントとなっている。   最近はマシになったが少し前は死者が出る程の熱狂ぶり。 試合後も要注意だ。    日本チームと違い グラスゴーという同じ街に 二つのこの強豪ライバルチームが存在する為 勝利したからといって ダービー後に ユニフォーム等を着て街を歩いたり 飲食店に出入りすることは危険。

☆セルティック地元=グラスゴー
グラスゴーはスコットランド最大の人口(約80万人)を抱える スコットランド最大の 産業都市で クライド川という大きな川の岸辺に発展した街。 中心部はその北側に位置する。
建築家 マッキントッシュの建築郡や 欧州有数の美術館など芸術の街としても名高い。     
※グラスゴーについてはグラスゴー潜入記をお楽しみ下さい。 トップページよりお入り下さい。

俊輔がいたイタリアの人は陽気で観光客にも(特に女性には)気軽に声をかける人が多かったが スコットランド人はそれに比べるとややシャイな感じ。  中年男性にはやはり「紳士」のイメージが。

セルティクパークは グラスゴー南東郊外 イーストエンド パークヘッド地区にある。  セントラル駅からスコットレールで約5分。ブリッジトン駅で降り 徒歩10分の所にある。  
6万人も入る セルティックパークだが 毎回満員となる。  殆どがシーズンチケット保持者という事で セルティックがどれだけ愛されているかが伺える。

★気候   
西岸海洋性気候(夏も涼しく朝晩は肌寒い程、しかし本来は冬にめちゃくちゃ寒いという訳ではないらしいが・・どうやら日本人の感覚とは違いそうだ)
      夏の日没は夜9時〜10時 
      冬の日没は4時〜5時半 
冬場の日照時間は極めて少なく感じる。 この時期太陽の光が本当に貴重に感じる。   逆に夏場は 夜になっても明るい 白夜となる。
またスコットランドは 雨の日が多い。  雨量が多いというよりは 霧雨がいつも降っているという感覚。   地元の人は 慣れているのか 傘をささないまま歩いている人が とても多い。 
北海道より北に位置していることもあり 日本人の感覚では 夏場でもトレーナーが 欲しくなるほど。  夏でも15度〜20度。 25度を越えることは先ずない。  朝晴れていても 昼には雨という事はしょっちゅうだ。

★スコットランド面積    北海道よりやや小さめ。人口500万人。 面積は英国全土では3分の1 イングランドの3分の2を占めるが 人口は11分の1。  南部が高地 中央が低地。   北部はハイランズと島々 山々で構成されている。  
     
☆国旗
青地に 白の斜め十字。 
スコットランドの守護聖人 聖アンドリューが十字貼り付けの迫害を受けたことから由来されているらしい。
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★スコットランド時差 
9時間(日本の方が早)
サマータイム実施(2005年)3月27日午前1時〜10月30日午前1時
※3月の最終日曜午前1時から10月の最終日曜午前1時まで  
※サマータイムには時差は8時間になる。       
   

★通貨   英ポンド(ユーロは不使用) ペンス
        1£=約200〜240円      


★フライト  
日本からスコットランド直行はなし。英国直行でヒースロー空港まで11時間半〜12時間 (又は乗り継ぎ・・アムステルダム・コペンハーゲン・・・・)  そしてヒースローからグラスゴーへ(約1時間10分) 乗り継ぎ時間を入れると 日本から14〜15時間はかかる。  空港から車で街の中心地までは約15分程。
試合と試合の合間をぬってこの移動を毎回こなしている俊輔。  大変だ・・・><

★交通
スコットランドの道路は日本と同じ右ハンドルの左側通行。従って日本人には運転しやすい。 しかし交差点では信号のないロータリー式?になっている所が多い為 歩行者は道路横断時 車には要注意だ。
信号機が少ないイギリスではこのサークル状の交差点(ラウンドアバウト)では右回り。  右から来る車が優先とされている。 
またエスカレーターでは右側に立ち、左を空ける。日本(関東)とは逆。
また携帯電話使用の運転は勿論だが シートベルト また飲食しながらの運転にも厳しい。    観光バスなど大型バス乗車時でさえも全員のベルト着用を促される。

これは余談だが 日本で春先活発になる杉花粉の猛威。  イギリスではないかと思われたが ここでは何と 杉花粉ではなく 芝花粉。
さすがイギリス・・・この芝花粉は2〜4月の日本の杉花粉とは違い 5〜8月に猛威を振るう。   杉は避ける事も出来そうだが イギリスで芝といえば そこらじゅうが芝。  避けようがない(笑)
しかも現地の人は 日本のようなマスクをする習慣もなく 車や部屋の窓を閉める位が対処法となっているようだ。  

★スコットランドの首都=エディンバラ 
歴史的建造物が多く建ち並び ユネスコの世界遺産にも登録されている街。  エディンバラ城には多くの観光客が訪れる。  
グラスゴーからエディンバラへは 電車で約50分。 バス等もある。  本数も比較的多い。 
※エディンバラについては グラスゴー潜入記にて掲載しております。トップページよりお入り下さい。 

☆イギリスの正式名称  
United Kingdom 0f Great Britain and Northern Ireland
(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)

グレートブリテンは イングランド・スコットランド・ウェールズの3地域で構成される。 イングランドの国花は 「バラ」 スコットランドは「あざみ」 ウェールズは「ラッパスイセン」 
「あざみ」の歴史を辿るとバイキングの侵略の時代にまでさかのぼる。

☆この他 セルティック本拠地グラスゴー潜入記でもセルティックパーク他について写真入りで詳しく紹介しています。 是非ご覧下さい。 
http://penetrate-glasgow.seesaa.net/

中盤の全権を担われた俊輔が今夜アウェイでダンファームリンと対戦!

今夜セルティックはアウエーでダンファームリンと対戦する。

ゴードン・ストラカン監督は27日、離脱者続出の中盤再建を俊輔に全権委任した。

20日の前節レンジャーズ戦で不完全燃焼の途中交代に終わったエースは「攻める」と逆襲宣言。

指揮官からは「攻撃は自由に動いてくれ」と全幅の信頼を託された。

創立1888年の名門は緊急事態。

主将であるレノンとFKキッカーのトンプソンという中盤の主軸2人がレンジャーズ戦の退場処分で出場停止。

元プレミアリーグ得点王のMFサットンと新鋭FWマロニーも負傷離脱中。

セットプレーも俊輔がすべて担うことになった。

26日午後の紅白戦で俊輔は先発組のボランチを務めた。

27日も本来DFの新加入ビルゴと中盤の底で急造コンビを組むことになった。

「ナカとのコミュニケーションは問題ない。彼が攻撃に専念できるようにカバーしたい」と、相棒役もサポートを誓った。

前節のレンジャーズ戦でもボランチを命じられた俊輔は、攻撃時は自由を与えられたが、トンプソンの退場で守備に追われた。

後半9分にスコットランド移籍後、最短の54分での途中交代を命じられた。

今夜のダンファームリン戦で前節の不完全燃焼を晴らすつもりだ。

ホームスタジアムの年間シート6席分をグラスゴー日本人会の会長にプレゼントした俊輔は「勝って、代表に戻りたい」とも意気込みを示した。

9月7日のホンジュラス戦に向けて大事な一戦となりそうだ。
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ペトロフが残留決定

中盤でコンビを組むブルガリア代表ペトロフのフルハム移籍が消滅した。

当初は現地の複数の新聞に「400万ポンド(約8億円)のオファーが届いた」と報じられたが、しかし実際の金額は半分以下で、成立しなかったという。

俊輔は「残留が決まってよかった。いい選手だし、プレー面とかいろんな面で助かる」と喜んだ。

練習時に通訳がいない時はペトロフがストラカン監督の言葉を訳してくれるという。

ストラカン監督はスコットランドなまりが強く、普通の英語より聞き取りにくい。

そこで99年から同チームでプレーしているペトロフが分かりやすい英語に訳し、それでも理解できない場合はイタリア語で説明してくれる。




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2005年08月25日

俊輔ようやく我が家ゲット!

グラスゴー入りからもう3週間、イタリア移籍当初と同様 家具付きで 練習場への便のいい我が家をずっと探していた俊輔、スコットランドでは中々イタリアのような家具つきの物件がみつからず、今までホテル暮らしを強いられていた。

しかしようやく先日グラスゴー南の高級住宅地に一戸建ての中古住宅を見つけ、仮契約を済ませた。
この付近はグラスゴーでは一番治安がいいとされており、周りには大きな公園やゴルフ場等があり サッカー選手も多く住んでいる、子育てにとってもいい環境だ。

またイタリアにわざわざ呼び寄せ 同じアパートに住んでいた個人トレーナーも 引き続きスコットランドに同行。 ベッドルームだけでも4つもあるという今度の我が家、家族にとってもトレーナーにとっても快適な環境となりそうだ。 今回もそのうちの一つはトレーニングルームと化すのか・・・?

一方 我が家より一足早く俊輔のもとに届いたマイカー、そのおかげで居残りが自由に出来るようになった俊輔は 早速恒例の居残りFK、シュート練習が始まった。
大きなボール袋を自ら背負って現われた俊輔、「ボールが重いからさ・・・何か筋トレやってるみたい」といいつつ30分に亘りシュート練習に励んだ。一日も早くボールに慣れ、今度こそゴールを狙って欲しいものだ。

また代表ホンジュラス戦出場が決まった俊輔は 28日のダンファームリン戦後 早々帰国できる事が明らかになった。 残留目的のレッジーナ時代とは大違いで 殆どが代表選手のセルティックは 早期帰国にも理解を示し、翌日の29日からフリーに。 早速帰国予約を入れた俊輔は 30日には帰国出来そうだ。

ホンジュラスに向けての代表合宿は4日からの為、帰国後暫しの余裕があり、今回は時差ボケもしっかり解消して試合に臨めそうだ。
しかし10日にはもうホームでアバディーン戦がある為、試合後はのんびりしている暇はないが・・。

(※現在俊輔は既に引越しています。2006年12月更新)
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2005年08月24日

セルティック・ダービーマッチの後遺症・・

あっけなく何とも悔しい形で過ぎ去ってしまった波乱のオールドファーム、俊輔への批評は期待が大きければ大きい程厳しいだろうという事は セリエA時代から(いやマリノス時代から?)承知の上だが 開始早々10対11人で戦う事を強いられた結果であるという事は紛れもない事実である。

批評の中には「回転寿司よりも早く消えた」等と日本人ながらの批判も。 しかし回転寿司を知らない英国人に物申す。 回転寿司は食べられさえしなければ 何度でもしつこく回ってくるのだ(笑)

翌日OFFでプール調整した俊輔は練習再開、「次は勝って調子を上げて代表戦に戻りたい」とこの日行われた紅白戦でも若手をひっぱり健闘した。
また今までチーム広告塔だったレノンに代わり、アウェーのユニの販売促進用ポスターは俊輔がモデルに採用された。
敗戦に落ち込んでいる暇はない。 28日にはまたアウェーのダンファームリン戦が迫っている。

一方ダービー戦で一発レッドを受けたトンプソン、そして試合後に審判に暴言を吐いたと言われレッドをもらってしまったレノン、レノンは試合後「チームやファンには申し訳ないが僕は意見を言っただけ、僕のレッドは明らかに正当ではない」とコメントし、クラブを通じ謝罪文まで提出したが規律委員会にかけられる模様で 最悪の場合、6試合以上のも出場停止処分を下される可能性がありそうだ。

心配はそれだけではない、トンプソンもレノンもいない中、頼みのハートソンがレンジャーズ戦でひざを痛め検査中、さらにペトロフにフルハムから正式オファー、DFバルデにはマルセイユ移籍話再燃、期限付き加入したFWアラディエールまで放出の可能性・・・と中盤MF陣のみならず チーム大幅入れ替えの様相も見え隠れしている。

俊輔も気分一新して練習に励んでいるものの 練習後「次のメンバーが見えない、もう若いやつしかいない・・」と流石にやや不安げ。 加入早々壁にぶち当たってしまった俊輔、こうなったらこれをチャンスと捉え、俊輔のチームに変貌させるしかないか・・俊輔の正念場が早くもやって来た。


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2005年08月21日

俊輔 初のダービーは・・・

昨日は仏滅。 よりにもよってマリノス、セルティック同時に同点で負けなくても良さそうなものだが・・・。

地獄の釜の蓋は 想像をはるかに越えた速さでセルティックに向け全開した。異様な緊張感漂う試合会場の裏手、選手達はお互い挨拶することもなく ピッチへの登場を待っていた。

満員のスタジアムは既にヒートアップし スタートの笛と共に激しいボールの奪い合いが始まった。
アウェーのセルティックも会場の雰囲気に呑まれることなく ほぼ互角か ややレンジャーズを上回る位の動きを見せていた。

しかし開始23分 トンプソンのファールに対し審判はまさかのレッドカード。 これだけ注目されている試合で開始早々あのプレーにレッドを掲げた審判の勇気??も 凄い物だが、そのおかげで試合が決まってしまったともいえる程 セルティックにとっては何とも後味の悪い 悔しい結果となってしまった。

俊輔もダービーに向けこの一週間必死でで作り上げてきただけに ピッチを降りる表情は悔しさであふれていた。 もとより監督から中盤両サイドのマークを指示されていた俊輔は トンプソンの退場によってさらに守備に時間をとられ、持ち味の攻撃へのチャンスは激減した。FKも本来の俊輔の精度とはかけ離れていた。
移籍後つい最近までマイカーがなかった為、他の車に同乗させてもらっていた俊輔は 恒例の居残りFK練習が出来ずにいた。イタリアや日本より重いスコットランドのボールは ミリ単位の精度を必要とする俊輔のFKにとって、居残り練習は不可欠なものだった。

それでも前半は一人少なくなった事をあまり感じさせない程 攻撃のチャンスもあり、俊輔の左CKでは あのバルデのヘディングさえ決まっていれば・・・とレンジャーズゴールを脅かす場面も何度かあった。

しかし後半 監督はマロニー投入と同時に俊輔を交代・・・、マロニーと共存していたらきっと違う結果になっていたのではないだろうか・・と悔やまれる。
案の定 俊輔の抜けたチームは 全く攻めることが出来ず、完璧にレンジャーズモード。 マロニーがPKを奪った時だけが唯一のチャンスで終わった。

あれだけ盛り上がっていたダービー戦は 思わぬ形で幕を閉じてしまった。このままでは終われない。 俊輔の車もようやく到着 今度こそ居残り練でボールに慣れ ホームでしっかり借りを返そうではないか。 
 
posted by Hiro at 17:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 俊輔セルティック情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月20日

ついにダービーマッチ!俊輔の活躍を祈る!

ついに地獄の釜の蓋が開き始めた。 スコットランド入り当初からずっと言われ続けてきたグラスゴーダービー、オールドファームの日がとうとうやってきた。

既に俊輔はイタリアでも海をはさんだメッシーナとの海峡ダービーは経験済みだが どうやら今日はそれとは比べ物にならない位ヒートアップした喧嘩戦となりそうだ。
1971年には過熱したサポーターが将棋倒しになり66人もの死者を出した事もあるこのダービー、カトリック系とプロテスタント系の宗教対決とも言われ試合終了の最後の最後まで一瞬の隙も与えられない極限状態の中で お互いに絶対に負けられない試合とされている。

しかも今季欧州CLを閉ざされたセルティックサポにとってはこの試合への思いは相当なもの。 地元スポーツ紙でも再三取り上げられているが、決戦を前に「地獄へようこそ」等と言う不吉な見出しで 新たに加入した俊輔らにこのダービーの恐ろしさを忠告。 レンジャーズの主将MFも「中村が入ってセルティックの中盤が変わった。中村との対決が楽しみだ」と早くも俊輔を名指しで対決を挑んでくる何とも不気味な様相だ。 

一方元セルティック25番のモラフチク(スロバキア代表)は後継者の活躍ぶりに「中村は物凄い左足を持っている。一緒にプレーがしたかった、ダービーでハットを決めて欲しい」 またミスターセルティックと称された元監督デビット・ヘイ氏も「中村はたぐいまれなる創造性とアイデアを持っている、敵のピッチは広く、彼が活用するスペースが多くきっと活躍できるだろう」と太鼓判を押した。

あと数時間に迫った恐怖の?ダービー戦、先発間違いなしの俊輔はどうやら 右CKに指名と同時に両サイドMFのマークも言い渡されている模様で 守備と攻撃に大忙しの一戦となりそうだ。 レンジャーズ戦に向け この1週間でコンディションも万全の状態に持っていった俊輔、「自分を犠牲にしてでも勝つ」とこの試合に賭ける強い意気込みを言葉少なに語った。

また昨日、相手レンジャーズの監督は今回、俊輔の移籍に対し、レンジャーズも俊輔が補強リストに入っていた事を初めて明かした。しかしDFロドリゲス獲得などで高額移籍金を払う資金が不足、結局獲得を諦めざるを得なかったとコメント、敵監督はとっくに俊輔のプレーはお見通しという事のようだ。

初の過激ダービーをアウェーで戦う俊輔、怪我をせずに活躍し セルティックが勝利してくれる事を祈るばかりだ。
posted by Hiro at 17:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 俊輔セルティック情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月18日

新風を吹き込む中村俊輔

日本を発って早3週間、衝撃のデビュー戦、そして一気に練習内容を上げた事による太ももの違和感を抱えての第2戦、ホームにも関わらずたった1本のパスから1点ビハインドとなり嫌なムード漂うチームを俊輔の柔らかな1本のパスがチームを救った。

合流間もない俊輔の2試合連続の活躍ぶりにスコットランドのみならず英国中が注目し、それぞれ「俊輔特集」を組む程の加熱ぶりを見せ、次節レンジャーズ戦を前に益々俊輔への期待は高まるばかりだ。

スタジアムと練習場がやや離れているため選手達はマイカーを利用しているが、まだ車のなかった俊輔は毎回ホテルからタクシーを利用していた。しかしついにチームが車(7人乗りワゴン)を用意、早速俊輔はこの日から自らワゴンを運転して練習場に登場した。

イタリアでは契約に車の車種まで入ってなかった為、NISSANの文字入りの日本車を提供され笑ってしまった経験のある俊輔、今回は韓国製の車との事。ワゴンならゆったり乗れて家族と遠出も出来そうで何より?

街はレンジャーズ戦で持ちきりだが、一方チーム側は俊輔加入後 公式HPへの異常なアクセス数に驚きをみせているようだ。

スコットランド国内も俊輔情報には敏感だが、日本からの 想像をはるかに超えたアクセス数と ユニ、グッズの売れ行きに 改めてチームも俊輔の人気の凄さを実感させられ、「これでレンジャーズでゴールを決めたらいったいどうなってしまうのか」とあまりの人気に心配するスタッフまで出る程だ。

おまけに初戦、そして欧州CLを落とした事により解任騒動まで巻き起こりそうだったストラカン監督に対し、俊輔を見い出した監督の目利きの素晴らしさ、補強費を出し切ってまで移籍を成功させた事への判断の見事さに 今では賞賛の声があがっている。

地元スポーツ記者は、「中村は今までのセルティックの選手には全くいないタイプで、ロングボールを多用していたチームに新しい形を吹き込んでいる。中盤で繋ぐ事ができるようになり、とても期待の出来る魅力的なサッカーになりそうだ。」とコメント。

日本にサッカーを初めて伝えたのはスコットランド人だ。その国に今度は日本人の俊輔が新しいサッカーの形を持って行く・・・何とも素晴らしい 歴史の1ページだ。パンチ

トラックバック先:
Russell Square Blog/Glasgow0813@曇り時々晴れ
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2005年08月16日

早くも次のダービーが始まっている

レンジャーズ敗れる! セルティック最大のライバルがアバディーン相手に2−3で初黒星となった。 

俊輔合流後ダンディU・ファルカークと2連戦したセルティックは一気に20日のオールドファームに(ダービー)向け盛り上がった。 

スコットランド入り早々、まだ合流前からサポからもタクシー運転手からも何度も20日のダービー戦を頼むと言われ この試合の重要性を十分に感じてきた俊輔だが、会見では2連戦の活躍を称えられると同時に次のダービー戦への質問攻めに遭った。  

「セルティックは買い物に大成功!」「彼のアシストがなければ違う結果になっていた、肉体面でも精神面でも懸命に取り組む素晴らしい選手」「彼はラーションに続くヒーローになれる」と今回もMVPのハートソンに並ぶ最高7の評価を受け大絶賛される一方、地元紙は「中村がレンジャーズにアタック」と早くも次のダービーが既に始まっているかのような見出しを付けた。 

当の本人は今回の活躍にも「ハートソンの方が凄い、僕はGKに取られないようにハートソンを狙っただけ」と毎度の事ながら控えめ発言の俊輔だが、「この1週間で連携も体調もベストに持って行ける」と新たなヒーローの胸の内は闘志で一杯の様だった。

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初アシスト〜!

2005 8月14日

セルティック俊輔 初アシスト〜!!

左足太もも違和感で出場が微妙と心配されていた俊輔だが、しっかり先発。 

チームは前半PKによりホームで先制されてしまい0−1での折り返し、嫌なムードが漂う中で後半開始早々何度もゴール前にしかける俊輔。

後半2分、左サイドからハートソンに見事なピンポイントパスを送りヘディングで決め同点アシスト!

ハートソンはすぐさま俊輔に駆け寄り抱擁。他のチームメイトもどっと駆け寄り俊輔の活躍をたたえた。 

太ももの違和感で2日間連続練習を避け治療していた為、先発は無理かと思われていたが移籍からたったの2戦目にして早くもチームの主軸を思わせる偉業を成し遂げた。

チームはそれを機に追加点を加えチームは3−1で連続勝利となった。

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英国一般紙もトップ報道

2005 8月12日

見事デビュー戦でMVPに選出された俊輔、予想通り翌日の新聞はスコットランドだけでなく英国一般紙も含め俊輔の見事な活躍ぶりを全土にトップ報道した。

「中村は本物だった、セルティックの大きなピッチを自らのホームに変えるのに時間を必要としなかった、DFのスペースに入り込みメスのような左足でパスを前線にさばいた。
何でここまでセルティックが誠意をつくして獲得をしたかが良く分かった」等大絶賛となった。 

また中には「日本のベッカム」等と称して「ベッカムの日本バージョンはポップスター風のベッカムよりも豊かな才能を示した」と笑えるような記事まで掲載。 

さらに大衆紙サンによる大人気のギャンブルゲームにもSPL全選手中6位という年棒でランクインする等早くも俊輔人気は鰻登りだ。
 
当初代表の国内組で戦う予定だった9月7日ホンジュラス戦にもチーム側は協力姿勢を示しており ここへきて俊輔凱旋の可能性も出てきた。

スコットランド入りしてからずっと突っ走ってきた俊輔だが連日の地獄のトレもあり、お疲れモード。 

太もも付け根付近に違和感を感じ、急遽今日の練習をキャンセルし治療に専念した。 

アウェーのファルカーク戦が迫っているだけに心配される。

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俊輔合流直前にCL敗退決定・・・

2005 8月3日

惜しい〜><!! 欧州CL第2戦ホーム アルトメディア戦は4−0と大健闘!!惜しくもあと1点という所で結局セルティックは予選での敗退が決まってしまった。 

アウェーで何と5−0の大敗を記録してしまい得点差1点に泣く事になってしまったがセルティックは最後で意地をみせたのだが・・・。
CLへの本戦出場を楽しみしていた俊輔だけに さぞかしガッカリしている事だろうが 来期こそ実現するために これから俊輔がチームを 優勝へと導いて行ってくれるだろう。

移籍仕立てで試合に出場出来なかった俊輔は スタジアム内の室内でトレーニングや1時間半走り込みなどのメニューをこなした。 

ストラカン監督は元マンU等イングランドでMF選手として活躍し、スコットランド代表としても活躍してきた足跡をもつ。 

同じMFとして前々から俊輔のクオリティの高さに目を付けてきた監督だが,チームはそのプレーは勿論のこと 経済効果にも大いに期待している模様。 

日本遠征はもとより、日本国内にショップまで計画しているようだ。
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サインにしっかり『25』

2005 8月2日

昨日初合流した俊輔は、朝スタジアムで白にグリーンの線入りの長袖練習着に着替えると別の練習場に移動。 

スパイクも新しくシルバーに黄色、監督とスタッフが投げるボールを左右交互に返すボール練習に始まり、パス回しにミニゲーム3本、長〜いランニング・・・と初日から地獄のトレ(笑)が待っていた。 

しかし、レッジョでの環境とは打って変わり先ず練習場の芝のよさに感動!

そしてボールを拾う人・・選手の飲み物を直ぐ片付ける人・・ドアを開ける人・・etc・・とスタッフの多さにビックリ。

「ドアの開け閉め位自分でやるからいいんだけど・・(笑)」とビッグクラブへ来た事を改めて実感させられた。 

到着後はサインを求められ思わずうっかり「10」と書いてしまった俊輔だが、昨日は集まったファンにしっかり「25」と書いていた。

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背番号『25』!

2005 8月1日

開幕戦をスタンド観戦した俊輔は、既にチームメイトの癖や特徴を掴んだ。

試合翌日のOFFは滞在中ホテルのジムでトレーニングし、1日の今日チーム練習の初合流となった。 

地元メディアは欧州CL大敗に続き開幕戦でも格下にドローという不甲斐無い成績に苛立ちを隠せず、監督の解任騒動にまで発展した。

しかもその矛先は俊輔の活躍度にまで影響し「ナカムラはピッチで直ぐに結果を出す事が必要になった」等と論評し、合流したての俊輔にいらんプレッシャーをかけて来ている。

サッカーは一人でやるものではない。俊輔がチーム作りするのに時間を与えて欲しい。

ところで、背番号を「25」に決めた理由はマリノス時代の記念番号であるだけでなく 2×5=「10」 そして2+5=「7」(スターナンバー)の意味もあり選んだことが分かった。

「7」、「25」他4つの番号の中から選んだとされるが「25」は元チェコスロバキア代表の司令塔モラフチクの付けていた番号でFKの得意なアイドル的存在の選手だった。

「7」は気がひけたか?一方バルサのラーションは「「7」は特別な番号じゃない、どんどん受け継いでいくべき」と俊輔にエールを送った。
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空港大パニック

2005 7月31日

空港パニック! 29日夕方 ロンドン経由で現地入りした俊輔。

到着ロビーは俊輔見たさに駆けつけた200人を越すサポーターとメディア関係者で溢れ、俊輔到着の知らせに空港は一気にヒートアップしてしまった。

警官が護衛しながら花道を抜けようと2度も試みるが、あまりの加熱ぶりに危険と判断。仕方なく急遽VIP口から車で脱出という事態になった。 

昨日の欧州CL0−5大敗という最悪の結果に、地元では益々俊輔に対する期待が高まっているようだ。 

その証拠に地元一般紙やスポーツ紙をはじめセルティックの公式週刊誌は、27日発売ながら既に表紙が俊輔になっている程。 

25日の合意と同時に俊輔の写真をギリギリで差し替えて発売に間に合わせたと思われる。 

ホームであるセルティックパークで行われた入団記者会見で俊輔は、
「欧州CLだけの為に契約したわけじゃない。 一番の理由は再びスコットランド王者になる為に貢献して ファンに喜んでもらう事。 自分は周りを生かすタイプなので、先ずはチームメイト選手の特徴を見極めたい。 騒がれる事は別にプレッシャーにはならない。 日本でもセリエAでもそうだったから。 レンジャーズの事は、ファンにも20日のアウェーのレンジャーズ戦頼む・・と言われたしライバルである事は充分わかっている。」
とコメントした。

俊輔は、緑のユニフォームに袖を通し思わず微笑んだ。 

セリエAに初めて乗り込んだ時の記者会見と比べると3年間で得た自信が俊輔を一回りも二回りも成長させている事を改めて実感させられる会見となった。 

監督もFKを含め試合の全権を俊輔に委ねる事を示唆し、6日の第2節ホームでのダンディU戦でデビューとなりそうだ。

30日の今日はアウェーで観戦となる。
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俊輔渡英す

2005 7月29日

既に俊輔は現地に到着した。 

成田出発数時間前、セルティックが欧州CL2回戦第1戦のアウェーでスロバキアリーグトップのAブラチスラバに何と0−5で敗れたという衝撃的ニュースが飛び込んだ。

このニュースでやや不安な出発となってしまった俊輔。

0−5という大敗はチームにとっても初めてのワースト記録だ。 

欧州CL3回戦からの出場を楽しみにしていた俊輔だけに ショックは隠せないが「まだホームがあるから厳しいけど頑張って欲しい」と自らがどうする事もできない状況に ややうつむき加減だった。

このまま敗退が決まってしまえばCL本戦進出で得られるはずの放映権料等も入ってこなくなるだけにチームにとってもかなり痛手となる。 

俊輔は今日メディカルチェック後入団記者会見となる。

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強豪セルティックに移籍!正式発表!

2005 7月26日

レッジーナとセルティックは約5億4000万円?で合意し、俊輔はスコットランド1部リーグの強豪セルティックに移籍することが完全に決まった。

レッジーナや俊輔の公式サイトでも正式発表された。

俊輔の夢はあくまでもスペインで活躍することでイタリアでの3年間、そして今回のスコットランドでの経験がスペインで生かせるようにしたいと、自らのサイトで語っていた。

俊輔の新たな挑戦が始まる!! 

俊輔の獲得を切望していたストラカン監督は「前にボールを出す能力、ドリブル突破の力はとても優れているだけでなく、視野が広く他の選手が見えないものを見る能力がある。彼は必ずセルティックのヒーローになる。」と記者会見で絶賛した。 

俊輔も「レッジーナでの3年間はとても多くのことを学んだ。レッジーナの名に恥じないプレーをしたい」とコメント。

新たな背番号は「25」で、横浜FM入団当時の俊輔の原点ともいえるナンバーだ。 

セルティックは欧州代表揃いの多国籍チームでレッジーナのように残留目的のチームではない為、これからは代表への召集もスムーズか・・?

代理人の努力により移籍金が下げられた事で、SPLでアピール出来れば1年先は夢のスペイン移籍の可能性も考えられる。

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移籍正式発表は25日!

2005 7月24日

俊輔の移籍の正式発表は25日に延長された。

セルティックは既に俊輔の為に背番号「7」を用意している。 

「7」と言えば、あのスウェーデン代表のラーションがつけていたナンバー。 

日本では「10」が特別なナンバーとされる傾向にあるが、欧州の「7」は他の番号とは違う大きな意味を持つ。

ナンバー「7」はあのベッカムもそうだ。 

セルティックの俊輔に対する期待の大きさが伝わる。

地元イタリア紙では既に中村さよなら特集を組み、今までの活躍を掲載している。

俊輔本人は、自主トレの疲れを癒し日本出発の準備に入る。

ところで、チームカラーは緑で、現在は緑と白の横縞模様のユニホームだ。 

あのユニホームの上に俊輔の顔を乗せ想像してみるがイマイチまだぴんと来ないのは、自分だけだろうか?
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どうやらセルティックに決定したようだ

7月22日

どうやら俊輔は、7億円もの高額移籍金を用意してのオファーを出していたスコットランドのセルティックに移籍が決定したようだ。

正式発表は明日23日になる予定との事だが・・・。 

移籍金7億円 年棒1.5億円の3年契約で、チームはロングボールを多用するスタイルから中盤で繋ぐサッカーを目指す為俊輔を切望していた。 

予想スタメンは4−4−2のトップ下にアイルランドのマクギディと共に並ぶ形をとる。

現在関東圏内で自主トレを慣行している俊輔は、明日にも正式発表。

そして26日、先ずは単身で新たな舞台となる地に向け再び日本を離れることになりそうだ。

3年契約となれば最終年は30歳となる俊輔、セルティックの俊輔に対する期待の大きさが表れている。

正直言って、長年の俊きちサポとしては今でもスペインへの夢を叶えて欲しい気持ちが大きい。

何よりも俊輔本人が「まさか自分がスコットランドへ行く事になる」とは夢にも思っていなかっただろう。

W杯前の微妙な時期の移籍だけに心配な部分もある。 

スコットランドの寒さ・・
セリエAに負けないあたりの強さの持病への影響は・・・
と考えればキリがない。 

セルティックは24日練習試合、27日CL予備2回戦、30日からリーグ戦が始まる。 

全ては正式発表を待つのみだ。

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緊急オファー

7月21日

ついに移籍リミットとされた今日21日を迎えた。

コンフェデ後高騰する移籍金にも関わらず7億という高額オファーを出して交渉を続けてきたセルティックだが、俊輔の意向、放映権問題、そして肖像権の完全譲渡をめぐる問題もあり、今だ成立の様相が見えない。

その中、水面下では代理人がスペインクラブ等と交渉を続けており、何と昨日になり緊急オファーが舞い込んだ事が明らかになった。 

一つは6月にも俊輔獲得を試みたブンデスリーガのボルシアMG。

もう一つは何と経営難から完全移籍は難しいとされていたスペインクラブのサンタンデールだ。

ボルシアMGはご存知の通り今回中澤選手獲得にも動いていた。

ブンデス5度優勝、UEFA2度優勝の名門クラブだ。 

監督はJ1浦和の監督経験もあるケッペル監督で、マリノス時代から俊輔を見て目をつけている。 

サンタンデールは目立った成績は残していないが求めていた完全移籍でのオファーが濃厚。 

セルティックか残留かの決断を迫られていた俊輔。

ギリギリになって一気に新たな道が舞い込んだ。
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移籍交渉も山場

2005 7月19日

俊輔の移籍交渉も山場を迎える。

18日にスペインで交渉中の代理人とセルティック側が、19日にイタリアでレッジーナとセルティック双方の幹部が話し合う予定。

セルティック側が提示した21日夜(欧州CL選手登録期限)のタイムリミット直前まで最終調整に入ると思われる。 

しかし、依然スペイン希望の俊輔、このままスペイン交渉が進まない場合は残留の可能性が濃厚か・・・。

一方、セリエA仲間のヒデ、柳は一足早くイタリア入り、各々厳しい境遇との戦いがまた始まる。
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落ち着けない毎日が続きそう

7月13日

毎日刻々と入る移籍情報。

セルティック側は大幅アップの移籍金も用意し俊輔獲得にかなり自信を持っているようだが、依然俊輔側はスペインをあきらめていない。

コンフェデの活躍で早々と決まると思われていた移籍は、今だ水面下で模索が続いている。 

そんな中、レッジーナは予定通りアオスタで合宿に入った。 

最終決定ではないが 大幅に代わってしまうと思われたメンバーはボナ モザルト メスト フランチェスキーニ パレデス・・・と見慣れたメンバーがゾロリ。 

勿論まだ俊輔の名もそこにある。

今だ合宿には合流していない俊輔だが、いったいこの結末はどうなってしまうのか・・・。

まだ暫く落ち着けない毎日が続きそうだ。

スペインの結果次第では残留も視野に・・・?
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移籍交渉中の俊輔

7月13日

今だ移籍交渉中の俊輔。

イタリアではスポーツ紙が様々な記事を載せている中、レッジーナは当初から予定に組まれていた恒例の合宿が始まる。

チームは18日からアオスタで2週間合宿を行うが集合は14日。 

今の段階ではまだレッジーナの選手である俊輔、何とフォティ会長はその合宿に俊輔もモザルトも呼んであるとコメント。

もう少し日本に滞在する予定だった筈なのだが・・・? 

このままでは今年も先ずはアオスタで 朝から甘い菓子パンを食べさせられながらの始動開始となってしまいそうだ・・・。

既に家のない俊輔は直接アオスタ入りか・・? 移籍交渉がどう進展するかも目が離せない状況だ。
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俊輔セルティック移籍目前報道

7月12日

コリエレ紙に続いて地元ガゼッタ紙までセルッティ移籍目前報道。 

つい先日ガゼッタはレッジーナの次期スタメンに俊輔の名を連ねていたばかりなのだが・・・。

この情報がチーム側関係者によるものだとすれば、チームはやはり完全移籍金の入るオファーを優先に考えているのか・・・。


俊輔のスペインへの夢はコンフェデ活躍での移籍金アップで逆に裏目に出てしまうのか・・・。

是非スペインへ〜!!!願!

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うまくなりたい・・・

6月26日

2002年7月21日 満員の国立で迎えたヴェルディ戦、自らもらったPKを決める等 2得点に絡む大活躍でチームに勝利をもたらし 俊輔はJリーグに別れを告げた。 

疲れも残るその翌日昼過ぎ 黒いスーツに身を包んだ俊輔は やや緊張した面持ちでアリタリア航空に乗り込んだ。

これから始まろうとしている未知なる新たな環境に「上手くなりたい・・・」その気持ち一つで飛び込んだ俊輔、 あれから3年 一回りも2回りも大きく成長した俊輔が今ここにいる。 

そのイタリアに今 別れを告げ 日本人初の欧州国間の移籍を実現させようとしている。 

予想通りコンフェデでの活躍が移籍に拍車をかけついに俊輔争奪戦が始まった。

FIFA公式HPでのもっと見たかった選手投票でもダントツ1位となり、尊敬と大歓声を浴びての敗退・・と絶賛された。

イタリアの引越しは家具付きの為日本に比べるとかなり楽なもの。既に家族も帰国、暫くは恒例の温泉旅行を楽しみ7月中旬 新たな生活をスタートさせる。 

成田で取材陣に移籍に向けて一言・・・と問われた俊輔  出た言葉はやはり 「うまくなりたい・・・」だった。 
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俊輔もジーコJAPANも一気に評価アップ

6月25日
揃って寝不足でしょうか?(笑)

惜しくも決勝トーナメントには進めませんでしたが何故かとても満足してしまくっています。

悔いが残るとすればメキシコも2トップ布陣で臨んでいたら勝利出来たのでは・・・と ちと思ったりしてますが。 

それにしても俊輔は腰痛を抱えてのプレーとは思えないほどの見事な活躍でしたね。

後半はドイツの観客まで日本コールをしてましたし。 これで俊輔もジーコJAPANも一気に評価アップとなるでしょう。 

W杯が今から楽しみですね!
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ブログ移行

2002年7月 中村選手のイタリア レッジーナ移籍より ShunMari.com 横浜Fマリノスと中村俊輔選手所属レッジーナを応援するページ」 として 続けてきた当ブログは 2005年 中村選手のセルティック移籍をもって ShunMari.com 「横浜Fマリノスと中村選手所属セルティックを応援するページ」として 新たに移行させて頂きました。
これからも 引き続き 中村選手を応援し続けていきますので ShunMari.comを宜しくお願い致します。                    管理人
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