2009年06月28日

決断・・・運命に導かれて

shunsuke803.bmp
セルティック中村俊輔・・・ここでこう書くのも もうこれで最後になるのかもしれない。
2009年6月30日、 この日をもって中村俊輔は セルティックの中村俊輔から スペイン RCDエスパニョールの中村俊輔へと変わることになる。

2002年  これまでずっと代表に関ってきた中での W杯寸前代表落選のショックと それによって同時に消えてしまったレアル移籍の夢を まるで振り払うかのように決めたレッジーナ移籍。    イタリアでの厳しい3年を必死でもがきながらも Aに昇格したばかりのチームを 3年間全て残留という形で終え 肉体的にも精神的にも大きく成長した俊輔は 2005年 監督 クラブからの強い思いを受け CL出場への望みのあるセルティックへの移籍を決めた。  

スコットランド初の日本人選手の誕生だった。   移籍時は本当に使えるのかという声もあったが 俊輔は初戦ダンディユナイテッド戦でそんな不安を見事に吹き飛ばしてみせた。   大きな歓声とスタンディングオベーションの中ピッチを降りた俊輔は その日から セルティックのヒーローへと一気に上り詰めていった。   

この4年の間 セルティックには様々な選手が入り そして去っていった。   勿論ポジションの被る選手も多くいた。   時には直接狙えるセットプレーも よほど自身があるのか 蹴らしてくれと俊輔に名乗り出てくる選手も、   中にはイタリア同様 練習中ライバルむき出しで削りにくる選手もいた。    

しかし俊輔はどんな選手が入って来ても  怪我で長期離脱した後も  そして契約延長を断った後でさえも  最後までそのレギュラーの座を失うことはなかった。       
当初水面下ではSPLで1年位やったらスペインか・・・とも噂されていた。   しかし俊輔は移籍直前になって飛び込んだCL敗退のショックをスッパリ切り替え 1年で約束通りの王者奪還、3連続優勝に加え 自らの活躍で2年連続でのCL決勝トーナメント進出を果たすなど セルティックの核として4年間 懸命にチームを引っ張ってきた。  

あのラーションと共に 今ではクラブ歴史に残る人気選手として忘れられない選手となった俊輔。    
移籍が決まった今でも 地元サポーターからそれを惜しむ声があちこちから聞こえている。
クラブハウス内に誇らしげに掲げられる俊輔のCLゴールの瞬間特大写真。   サポーターの中にはマンUでの俊輔のゴールの瞬間映像を携帯にずっと保存し持ち歩いている人もいる。
監督からも クラブからも そしてサポーターからも愛されてきた俊輔。    あのマンU戦FKの軌道は 一生サポの心に焼きつき忘れる事の出来ないシーンとなるだろう。   
来季 彼の代わりにピッチに立つのは そしてセットプレーを担うのはいったい誰になるのだろうか・・・。 

「もっとうまくなりたい・・・・」 と Jを去ってから7年。  海外での生活は既にマリノスで過ごした時間を超え こうして 世界のNAKAMURAへと見事大きく成長した。
この7年の間に二人の息子の父ともなった。  早いものでイタリア移籍中生まれた長男は 既に4歳半。  グラスゴーでは次男も生まれた。   長男は父の後を継いで 既にグラスゴーでサッカーを始めていた。    現地の子供達に混じって セルティックの下部組織でサッカーゲームにも通っていた。    はじめのうちは大きな子に足を蹴られ 泣いて戻ってくる事もよくあった。  そんな息子を優しく見守る俊輔の父としての姿・・・     

次男が生まれたばかりの頃は 夜中交代でミルクをあげ 家の中の事も率先してマメにこなした。   勿論大変だ  しかしそんな愛するべき家族がいるからこそ こうして俊輔もサッカーに打ち込めるのだろうと思う。     父だけではない 英語ばかりの中で 息子 家族も頑張ってきたのだ。

4年間死に物狂いで突っ走ってきたSPL最終戦を終え日本に帰国した俊輔は 休みもないまま念願のW杯突破を果たし ようやく休養へと入るはずだった。     しかし99パーセント復帰すると思われていた俊輔の移籍は 思ってもみなかった展開で スペインへと切り替わる事となった。
まるで運命に導かれたかのように・・・

W杯1年前に新たな舞台へと飛び込む怖さ 不安は相当大きいものがあるだろう。   身体を考え国内に戻る選手もいる。
しかし あえて 更に厳しい世界最強リーグと言われるスペインをここへ来て選択した俊輔の強さに 改めて彼のレベルアップへの意識の高さを感じた。     今でも変わらぬ 尽きることのない向上心・・・。     こじれてしまった移籍にも 恨み言一つなく 逆に相手を思いやるようなコメントを残した。   

ロナウド・・・ カカー・・・  今季リーガには大物も続々移籍してきた。
これまでCLでしか対戦できなかった相手に 毎試合刺激を受ける事が可能になるのだ、 この1年で俊輔が得られるものの大きさは計り知れないものがあるだろう。     既にライバル?が残留したとスポ紙で心配の記事も掲載されていた。   しかしこれまでも何度も俊輔はそれに打ち勝ってレギュラーの座を勝ち取り成長してきたのだ。   

そんな厳しい環境だからこそ レベルアップが出来るのではないだろうか。    チームが勝つ為に必要な選手であれば いづれ 俊輔と遠藤のように 見事な相棒へとなる可能性だってある。  相手を活かし自分も活きる・・・そんな俊輔との連携を楽しみにしているかもしれない。。。  

俊輔のサッカーノートに「不可能とは臆病者のいい訳なり」というナポレオンの言葉が書かれている。
以前掲載した「信念」と共に 俊輔のノートは常に その目標を達成する為 にあるのだ。  
  
「思う道に進んで どこへでも着いていくから・・・」の家族からの感動のメッセージを胸に あと2日でセルティック中村俊輔から エスパニョール中村俊輔へと また新たな歴史を刻みはじめる。      
自分の為だけではない。  日本サッカーを少しでも強くするために トップクラスのサッカーを直に肌で感じる為に・・・今 俊輔は世界最強と言われる舞台へ 覚悟と勇気を持って飛び込んでいく。   

まさに男の決断だった・・・
勇気あるこの決断に 心からの賞賛と大きな拍手を贈りたい。
このあと俊輔は7月から自主トレをこなし その後チーム合宿開始を前にチームへと合流する予定。  
合流を前に 今 俊輔のサッカーノートには どんな目標が書かれているのだろうか・・・  


ひらめき【追伸 今後の予定】
現地紙の情報によると 7月の14〜15にメディカルチェック、 16日からバルセロナ北部のペララーダで合宿に入る予定。  約2週間の合宿で練習試合などを行う。     8月2日には 新スタジアムの杮杮杮こけら落としとしてリバプール戦が予定されており その後はイタリア遠征合宿へ入る模様。   レッジーナ俊輔がエスパニョールの中村俊輔へと大きく成長して 4年ぶりにイタリアの地を踏むことになる。
また俊輔の入団会見は 今の所7月12日が予定されている模様。  日本時間を考慮し その模様が日本でも中継される事も考えられる。


    
posted by Hiro at 21:16| Comment(14) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

中村俊輔応援歌CD発売!!

ひらめきお待たせしましたexclamation×2 
当ブログトップページ & BBS 5月20日分 にて掲載していた俊輔の応援歌CDが ようやく発売となります。
前述の通り 本日 オフィシャルHPにて詳細が掲載されましたので 是非皆さん聞いて見てください!!
http://shunsuke.com/topics/20090624.shtml
 グッド(上向き矢印)こちらからるんるん

http://www.tfm.co.jp/sports/backnumber/index.php?id=862&category=&ym=200905#topic
ここでも紹介

またこのCDは6月9日に当HPでも紹介した 「THE NEWS 高橋尚子選手と俊輔のインタビュー番組」でも挿入歌として流されました。 Sサッカー等でも流されています。

【追伸】
晋さんの感動のコラムです。 是非読んで見て下さい。
 http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0809/scotland/text/200906150009-spnavi_1.html
posted by Hiro at 12:35| Comment(8) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

緊急速報!!俊輔移籍正式決定!!!

ついに俊輔のスペイン1部リーグ エスパニョールへの移籍がたった今正式決定した。
今日午後 マリノス側と最終交渉に当たっていた代理人ロベルト佃氏がマリノス側との契約に断りを入れた事がわかった。
マリノス側が希望していた本人同席も叶わなかった。
この後 現在在籍するセルティックへ詳細を報告 その後 エスパニョルとの正式契約となる。 
posted by Hiro at 15:01| Comment(10) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

日本代表を本当に強くする為に・・・

http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/japan/news/20090619-OHT1T00031.htm

本日スポーツ報知にて犬飼会長のコメントが掲載された。
普段 スポーツ紙を全部鵜呑みにする事はあまりないのだが この会長のコメントには同感する部分がかなり多かった。
移籍交渉が続いている俊輔、SPLがようやく終わりそのまま代表へ合流、 W杯予選突破のかかる大事な試合を 疲労と右足付け根痛が完治しないままこなし ついに 日本を4年連続W杯出場へと導いた。

ここでやっと長期休暇が取れる・・・??? 
以前殆ど休暇らしい休暇がとれないままSPLに突入し 初っ端から試合欠場となった苦い経験を持つ俊輔にとって この時期の休養がどれだけ大切なものか 一番良くわかっているのだろうが 仕事は試合だけではない。      数え切れないほどのメディアへの出演 取材など その間も様々なスケジュールが組まれている事が多い。

まして今季は おそらく本人でさえ予想外の就職活動?(笑)を強いられる事となってしまったおかげで 精神的なリフレッシュは まだ殆ど 得られていない状態であるだろうと察する事が出来る。

SPLも今季は本当に厳しかった。     酷い時は歩くのも苦痛なほどの痛みが襲う右足で 痛み止めの薬を飲みながら走り続け 最後まで優勝を信じ戦いぬいた。  
4連覇の夢叶わずの傷心の帰国に 今度は突破して当たり前・・と言われたW杯予選が待っていた。  選手にしか判らない 見えないプレッシャーもあっただろう。 

こうして1年間死に物狂いで駆け抜けてきた俊輔。   この先どんな決断をするのかは判らない。    しかし31歳まであと4日となった俊輔にとってこの移籍が サッカー人生最大のチャンスであるともいえる。
日本を強くしたい・・・   何度も出てくるこの言葉だが 日本を本当に強くするには これまでの経験を日本に戻って後輩達に伝えるのも一つの方法かもしれないが もっともっと上を目指し最強リーグで新たな経験を積み 更なる道を開いていく事も必要なのではないだろうか。     
その証拠に やはり代表での俊輔のクオリティの高さは別格。   それは7年間 海外でもまれたからこそ得られたものと言っていいだろう。   俊輔だけではない 長谷部らも大きな成長を見せている。
今後もし国内にいた場合 ここまで大きな成長が望めるだろうか。。。 

それだけではない。 サッカーは11人で戦うもの。   戻っても チームが一気に常勝チームとなれば結果オーライだが 勝てなければ あの2001年のように 一気に核となる俊輔に厳しい目が向けられる可能性は大きい。    
尽きる事のない向上心・・・これこそが俊輔の持ち味。   後輩に目を向ける前に まだまだ自分自身を磨く事に時間を費やしてもいいのではないだろうか。   

セルティックでは数々のMVPも獲得 CLでマンUから2度もゴールを奪い歴史を作った。  誰もが成功と認めるだろう。   だが本人はどうだろう。   右サイドでのプレーで守備にも多々奮闘した。
そのおかげで見事なスライディングが引き出しに入ったのはいいが 希望のトップ下でのプレーを思えば 俊輔の持つ引き出しの 半分しか出せていないはず、 本当に「本人」が満足するプレー・・ ではなかったのではないだろうか。      

2006−7シーズン最後だった。 「スペインへはいつ行くのですか?」の問いに 初めて突然 「実は最近日本への復帰を考えている」とコメントした俊輔。  
これまでずっとスペインを目指していた俊輔からのこの発言に 一時は「夢をあきらめてしまったのか」 「まだまだ復帰など早すぎる・・・」「もったいない・・・」と そんな驚きの声が日本中を駆け巡った。    
元からスペインへの強い夢を抱いていた俊輔、 実はイタリア語より前に スペイン語を勉強していた事もあるのだ。

選手なら W杯まで1年を切った今の移籍に 誰もが不安を抱くだろう。    もし試合に出られなくなったら・・・もし呼ばれなくなったら・・・     
確かに 「怖い」 というのが 今の一番正直な気持だろう。  
以前 成功できなかった選手がいた事をあげ 心配するファンも多い。     確かにこの歳で この時期に また新たなリーグへと飛び込む事は どれほど精神的 肉体的負担となるだろうか・・・ それは計り知れない。  

しかし それ以上に そこで得られるもの 毎試合肌で直接感じる事の出来る世界最強リーグの感覚は サッカー選手にとって どれほど貴重なものになるだろうか。     行きたくても行けない選手が殆どだ。  頂点に立つほんの僅かな選手のみに与えられるこのチャンスを 俊輔はどう考えるか。    中にはもっと上位のチームの方が・・・と思う人もいるはず。    しかし出場出来なければ何の意味もない。  出場でき 更に希望のポジションでのプレーが可能になったとすれば どんなにやりがいがあるだろうか。。。

海外で大きな選手ばかりの中 試合に出続ける事の大変さを一番よくわかっているのも俊輔。    そのパフォーマンスを維持する為に その影でどれだけ見えない努力がいるかを知っているのも俊輔だ。 
持病も抱えている。  身体の事を考え復帰したいというのなら それはそれで仕方がない事。   海外で レギュラーを得 パフォーマンスを維持し続ける事に身体的に限界を感じているとすれば、  または代表への合流に移動の負担をもなくしたいと そこまで思っているのであれば 日本への復帰を心から歓迎したいとも思う。 

マリノス時代からずっと応援している自分は 勿論もう一度 大事にしまってある昔の俊輔ユニを着て応援してみたいという気持もある。   俊輔の初の海外移籍が決まった当日 戸塚にいた自分はとても寂しい感情を持ったのを覚えている。   海外になんか行って欲しくないと思った。    

しかしあれから8年 不思議な事に今 少しでも長く海外で活躍して欲しいと思う自分がいる。   これは何だろうか。
もう既に31歳にもなろうとしている俊輔が いまだに海外で 日々どんどん大きく成長し 引き出しを増やしている姿  日本の俊輔から世界の俊輔へとどんどん大きくなっていく俊輔を見て いつのまにか意識が変わってしまったのかもしれない。

日本を強くするために・・・ 世界最強リーグと言われる新たな舞台に飛び込み 数々のスキルを吸収し代表に還元していく・・・そんな役目が 今 俊輔に課されているような気もするのは自分だけだろうか・・・
単なる1選手としてではなく 日本サッカーの為の移籍。  最近そんな風に思えてきた。

決断まであと僅か。  海外か 日本か・・・        
どんな決断になろうとも その答えを尊重し ずっと応援し続けていきたい。   代理人も帰国した。  22日再度マリノスとの会談を持ち 決断へとなる模様。   
 
posted by Hiro at 23:58| Comment(6) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

俊輔セルティックついに新監督正式決定!

Tony Mowbray.jpg
ついにセルティックの新監督が正式決定した。 本日17日午前(現地時間) セルティックパークで記者会見が開かれる予定。
一昨日 既にここでも掲載したが 予想通り トニーは、新任のケルト人の経営陣として マークビーナス、ピーターグラントを連れてセルティック入り、 元主将でコーチのニールレノンと共に 1年での王座奪還に向けセルティックを引っ張っていく事になった。
しかしレノンの役割はまだ未定。。。
トニーモウブレイ氏は1963年11月22日ノースヨークシャー生まれの45歳。
1981年ミドルズブラに加入、1982年デビュー、1991年からはセルティック選手(DF・185センチ)として活躍し1995年イブスウィッチへと移籍、2000年までプレーしていた。
俊輔が移籍当時ハイバーニアンの監督だったトニーは 現在ウエストブロムウィッチで指揮を執っている。    
トニー氏の決定と共に どうやら現在のメンバーで何人か 契約を更新されない選手が出てくる模様。  
posted by Hiro at 07:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 俊輔セルティック情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

俊輔セルティック新監督決定秒読みか?

セルティックのストラカン監督の後任として ハイバーニアン そしてイングランドプレミアのWBA(ウエストブロムウィッチ)監督である トニーモウブレイ氏(45)が ついにセルティックとの最終交渉に入ったことが判った。      

これまで マザウェル監督他 数人の候補があがっており選考に苦慮していた中 一部日本のスポ紙では かなり前に 某監督のコメント等を受け 「決定した」と 早とちり掲載していた所まであった。 

これから金銭面などの最終交渉に入り スムーズに行けば近々決定する模様。
このモーブレイ氏は WBAでは 元マリノスのアルディレス監督とも一緒に仕事をしており 稲本も2004年に所属していた。  自身も1991〜5にセルティックでプレーした経験を持つ。

もし決定すれば アシスタントのマークビーナス他 コーチ また元セルティックMFピーターグラント等のバックルームスタッフも連れてくるのではないかと見られている。
一方ハイバーニアンのストライカー フレッチャー そしてWBAキャプテンのロビンソンまでもが 監督がセルティックへ行ってしまうなら自分も監督の元へ行きたいとのコメントもしている。

またマリノスとの交渉が保留のままとなっている俊輔サイドは 代理人が13日欧州入り、 既にセルティックとの会談を経て14日にはスペインで交渉、 金銭面だけでなく環境面など含め現地の情報を念入りに調査した上 最終決断へと入る模様。
セルティック 俊輔  共に その動向から目が離せない状況となってきた。 
posted by Hiro at 07:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 俊輔セルティック情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

緊急速報

Hiro携帯より

本日から本格的交渉が始まると思われた俊輔の移籍動向について。
今朝こんな記事が・・・
http://www.nikkansports.com/soccer/world/news/p-sc-tp3-20090611-505268.html

http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20090611-OHT1T00081.htm

最後の最後まで 何が起こるか判らない・・・

【追伸】
移籍交渉の詳細内容は判らない。  が・・・ この記事が確かなものであれば マリノスに対し大きな不信感を覚えざるを得ない。
俊輔の獲得の本当の目的はいったい何なのか。。。    どうせ本人も戻りたいのだろうと 足元をみていないだろうか・・・ 

戸塚から みなとみらいへと 海外ビッグクラブをまねた巨大施設を莫大な金額をかけて作ったマリノスは一気に資金難へと陥り そのつけが今 選手達の年棒に大きく跳ね返っている。   更に海外選手の獲得にも失敗してきたといっていい、監督でさえも年棒の低い事が条件となった。

何年も前からJ復帰をほのめかし 帰るならマリノスと何度も言っていた俊輔。    W杯で 今度こそ悔いのない活躍をする為に 移動の負担もなく 直ぐに合流出来る 日本に復帰した方がいいのでは・・・と考え  昨年からはW杯予選が始まり多忙になる事から これまで続けてきたオフィシャルツアーでさえも3月で最終とした。    
復帰を最初に口にしてから既に3年・・・マリノスが本気で獲得を考えるなら捻出する時間はあったのではないだろうか。  

めいっぱいの誠意を見せ長期契約を希望してくれるセルティック、 だが俊輔サイドは マリノス復帰の為にその契約延長を断り 1月の日本復帰を待った。   しかしなんと言う事か 他に頼るしかないマリノスはリーマンショックもあり移籍金が捻出出来ず 1月復帰は まるで何事もなかったかのように消滅。
ならばとあと半年待っての6月ならば 契約満了で移籍金自体も発生しなくなると 俊輔はその為に数々の高額オファーをも断り 現在まで更に半年間待っていた。  

しかしマリノス側が提示した年棒はセルティックのたったの半額。   以前「年棒を下げてまで帰るのもおかしな話だし・・・」とポツリと言っていた俊輔だったが 相手の状況を考慮してか 復帰したい気持が相当強いのか その提示された半額の年棒をのんでまで Jに復帰する覚悟をしていたのだろう。

しかしここへきて 更に上記のような記事が・・・
セルティックだけではない 夢にまで見たスペインからのオファーもある。    地元 古巣である事からマリノスは相当獲得に自信があるようだが 俊輔は今や世界の俊輔だと言うことを忘れてはいないだろうか。    

そこまで自分の評価を下げてまで   そこまで譲歩してまで  マリノスに戻る事が果たして本当にいいのだろうか・・・  
これが精一杯の誠意だと言うが 前々から判っていた復帰に ここまできてからの新たな条件提示・・・    いったい俊輔は何のために高額オファーを断ってきたのか。。。  ここへきてやや復帰に大きな疑問を感じる状況となってしまった。

それでも J復帰をとるのか  海外での生活をとるのか・・・
俊輔が このマリノス側の提示をどう考えるのか、ギリギリまで判らなくなってきた。  

スポーツ紙では 21日のレッズ戦で復帰と 何度も掲載されていた。以前BBSでも掲載したが これまで54試合?もこなしてきた俊輔に 休みも与えないつもりなのかと驚いた。    足の痛みが治ったわけでもないのに・・・
この休みなき早期復帰だけをを見ても マリノス側が俊輔の身体のことなど全く考慮していないという事が はっきりと判断できる。

しかしその影響でレッズ戦のチケットは大売れ。  更に もうマリノスの会員を締め切る日が来るから早く との情報もこのニュースが出回る前に流された。     既に持っているサポはいいが 俊輔が来るならと購入したサポも多いはずだ。    
果たしてレッズ戦での復帰が 本当に実現するのだろうか???   

万が一これが破談に終われば マリノスにとって更なる計り知れない損失となることは間違いない。   準備したグッズ代金に  予定した今後の収益・・・     それだけではない。  一度失った信頼はそう簡単に取り戻せるものではない。    そうなれば今だけに限らず この先将来に亘って 俊輔のマリノス復帰が消える可能性も出てくる。  

移籍交渉は最後の最後まで誰も判らない。   
どこへ行っても応援していく事に変わりはないが 俊輔がこの先 一番納得のいく 一番幸せな 素晴らしい環境でプレー出来るよう 心から祈るばかりだ。   
posted by Hiro at 12:15| Comment(8) | TrackBack(2) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

THE・NEWS 中村俊輔 高橋尚子インタビュー詳細

2009年6月8日(月)TBS THE・NEWS内でマラソン金メダリスト高橋尚子と俊輔のトップアスリート同士のインタビュー番組が放送されました。

番組が夜ではなかった事 詳細時間の掲載がギリギリだった事から見逃してしまわれた方がとても多かったようです。
そこで 大雑把ではありますが その様子をせめてここで紹介する事にしました。  見逃された方 楽しんでください。

☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   

※キャスター小林 麻耶 & 高橋尚子登場

小林・・・さぁ!サッカー日本代表W杯出場決めましたね〜!
高橋・・・ホントに土曜日の夜のウズベキスタン戦 最後まではらはらドキドキの連続でしたけどホント 見事に勝利 もう世界最速W杯予選通過本当におめでとうございます!
小林・・・そして今回は中村俊輔選手に取材されてきたんですよね。
高橋・・・はい 今回私は サッカーを引っ張る存在である中村俊輔選手をスコットランドで取材をしてきました。
小林・・・お二人がどんな話をされるのか凄く楽しみなんですが先ずは もう一度日本歓喜の瞬間からご覧下さい。
(岡崎のゴールシーン 水かけシーン 岡崎の実家の様子 闘莉王の実家の様子 オシム映像 カズ ゴン 機内の様子の映像が流れる)

〜スコットランド映像へ〜
ローモンド湖のほとりを二人が話ながら歩くシーン〜俊輔のプレー〜インタビュー中のピックアップ と映像)

〜特集 中村俊輔の素顔と本音 と題して
初対面の場所は俊輔お気に入りの絶景スポット ローモンド湖

インタビュー場所(おそらく自分の記憶ではキャメロンハウス)の前で立って俊輔を待つ高橋。 
高橋・・・ドキドキする。 初めてだからな〜 緊張するな・・
(そこへ俊輔が現地の運転手つきベンツに乗って登場、運転手が降り後部ドアをスライディングさせると俊輔登場 運転手と握手し、高橋の所へ。
その様子を見ながら高橋・・カッコイイ 凄いな・・・
(俊輔はジーンズに白の英字入りTシャツ そしてその上に紺のジャケット姿)

高橋・・・今日は〜 始めまして 今日は宜しく御願いします。で握手
俊輔・・・遠いところまで有難うございます。 こんな寒い所まで。
高橋・・・会えるのを楽しみにしてきました。
俊輔・・・あ ホントですか あざ〜す。
(二人でハウス周辺を歩く  歩きながら俊輔・・)
俊輔・・・多分 逆取材でおわりますよ。この企画。笑
高橋・・・やめてください! やめてください! 
俊輔・・・金メダリスト 金メダルだよ!
高橋・・・ちょっと・・ ドキドキするじゃないですか!
俊輔・・・笑
(先ずは湖をバックに高橋がリフティングする俊輔をカメラで撮影)
高橋・・・アクションあるの御願いします
俊輔・・・蹴る瞬間とか?
高橋・・・いいっすね〜
(高橋激写しながらそれを確認して いいんじゃないの〜? お〜完璧!)
俊輔・・・それを確認すると 以外にも反応薄く 笑 高橋思わず ダメ?? 躍動感ある感じに・・・笑
すると俊輔 あざ〜す!とカメラを受け取り 今度は高橋に「どうぞ〜」と促す。
高橋・・・笑 意味がわからない・・
俊輔・・・軽く蹴って下さい。 僕が撮ります と指示。
高橋・・・(やや驚きながらボールの所へ)え〜だって私 すいません サッカーボール触るの人生で初めてなんですけど。
俊輔・・・それがまたいいんじゃないですか? (といいながらカメラを持ち)あ〜 滅多にないよこれ とカメラを覗き込む。
(高橋ボールを右足で蹴る?も乗っかり かなり笑える状態)
俊輔・・・(自分で撮影した高橋の画像を見ながら)あ〜完璧っす。   やってる感バッチリ。
高橋・・・(それを見ながら)バッチリです!

〜俊輔プレー映像流れる〜

〜ハウス内へ移動〜
高橋・・・サッカーをしていて楽しいですか?
俊輔・・・(一瞬考えながら)一番最初にくるのはやっぱり苦しいですね。 うん・・  でもそれをやってると パっと気づいた時に嬉しい? 楽しい?(上を見つめ考え) 幸せっていう感じですね。  
これが無くなったら僕多分・・・抜け殻みたいになんも動かなくなってしまうと思うんで・・・ (と俊輔身を乗り出しながら)僕もあるんですけど。 (そう言いながらGパンの右ポケットからおもむろにノートを取り出し) 「中村マガジン」からありますよ。  (と俊輔からの逆取材始まる)  
俊輔・・・なんでこう投げたんですか(と高橋がレース中投げたサングラスについてジェスチャーつきで質問  更に・・・) レース前にですね、必ずやる事は?     燃え尽き症候群的な事になった事は?? (と立て続けに高橋に質問しまくる俊輔。)
高橋・・・笑  何で取材されてるんでしょうね・・・(そこで逆に高橋が俊輔に)
高橋・・・燃え尽き症候群になったことはありますか??
俊輔・・・あります。  
高橋・・・あるんですか? いつ??
俊輔・・・2001年の途中からですね。(ここでJリーグMVP受賞映像〜マリノス苦戦時代〜W杯代表落選会見映像が流される)
俊輔・・・そのMVPになって いいプレーしてるのにやっぱ やって当たり前? で・・一番周りからも・・・ もっといいプレーしよう  もっといいプレーしようと思って ビッグプレーばっかやってたら〜 だんだん自分のプレーがリズムが狂ってきて チームはどんどん負けるし〜  で そのあたり所がなくて ツンツンしちゃったりとかして〜もう 結局それで 麻疹になって終わったんですけど・・・
それで 入院している間に 何も忘れる事が出来て  またゼロから出発して っていうのが。。。
高橋・・・笑 麻疹が良かったわけですね。
俊輔・・・麻疹がいい。  だからお前はもうサッカーするなみたいな・・・(そこで どうぞと高橋にふる俊輔)
高橋・・・へぇ〜。 燃え尽きるっていうよりも 身体が・・ホント引退を決める時だったんですけど〜 これだけやらなきゃならないとか 一生懸命やってても 自分らしくない  何か いままでの高橋尚子とちょっと違うんじゃないかって それを見せてしまっていいのかって思った時に・・・引退を考えた時 初めてそういう何か・・・
(この間 俊輔ノートとボールペンを手にしながら なるほど と何度も何度も相槌をうちながら話を聞く)
俊輔・・・なるほど・・・あざ〜す! (次々質問する俊輔に) トッププレーヤーの感覚を知りたいんですよね。  すいません! あつかましくてすいません! 

〜エディンバラの街並み映像〜道端のセルティック応援グッズ屋〜サポーター映像〜 高橋アウェー ハイバーニアン戦観戦へ〜

スタジアム内映像
〜高橋 熱狂サポーターと共に横断幕の下に そして90分立ちっ放しで応援する〜 
優勝のかかっていたハイバーニアン戦だったが 0−0の引き分けに終わる。

〜再度 ハウス内映像へ〜
高橋・・・私はサポーター席にいたんですけど もの凄い応援で もう一緒になって・・・  と言ったところで俊輔驚き
俊輔・・・えっ? あんな所にですか??  笑・・・もっとVIPな席が・・・
高橋・・・いえいえ もう皆と一緒に90分立ちっぱなしで応援をさせてもらったんです。 でも凄い熱狂的で・・・
俊輔・・・ワンプレー ワンプレーにすごい何か わっ〜と言ったり拍手をくれたりするから だから ちょっとした僕の技術で抜いたりとか交わした時にすごいどよめいて拍手をくれるんですよね。  で逆にちょっとしたミスするだけで あ〜みたいな感じになって ファンがもうプレッシャーをかけてくれるんで〜 選手としては伸びると思います。

〜二人の共通点と題して長年つけているサッカーノートを〜

高橋・・・中村選手のは皆さんに見せてもらえるという事なので・・笑
俊輔・・・あははっ〜!
高橋・・・ちょっと見せてください。(と両手を前に差し出し促す高橋)
俊輔・・・えっ?!(驚き やや躊躇しながらも じゃ 別にまぁ・・と高橋にノートを渡す俊輔)
高橋・・・(カメラに向かって)皆さん 見れるそうです。笑
俊輔・・・(苦笑いしあわててカメラに向かって)ダメですよ!
高橋・・・(自分のノートを差し出し俊輔に)私のも見ます??
俊輔・・いいっすか? とノートを交換し ペラペラめくる。
高橋・・・(ノート見ながら)カッコイイ事書いてありますよ。
スタッフ・・・それ教えて下さい!
俊輔・・・ダメですよ。 何ですか?(ややあわてて ノートを見る高橋に)ちょっといいですか? (と自分のノート内容を気にする)
高橋・・・読みます!
俊輔・・・ちょっと待って下さい!!(汗)ダメですよ!本当に!(自分のノートをしきりに気にする俊輔)
高橋・・・笑! 何焦ってるんですか!?笑
俊輔・・・(その部分を確認して)僕が言った事 思ってる事じゃないですよ。 それは
高橋・・・でも いいと思って〜
俊輔・・・いいと思ってる事を〜 色んな本あるじゃないですか、色んな人の・・(そこですぐさま高橋 それをさえぎるように)
高橋・・・いきます! ○監督の指示を尊重する事。 ○スタジアムに来る人を尊重する事。 ○自分自身の対戦相手を尊重する事 ○その上で100%の力でプレーし 最高のものを出しつくしたのであれば それが本当の敬意・・・     
  カッコイイですよね〜
俊輔・・・(高橋のノートを読みながら)これ僕も読んでいいすか・・?
高橋・・・ダメです。 絶対ダメです。笑(といいながら更に俊輔ノートを見ながら) 凄いですね〜!
俊輔・・・何でですか? 
高橋・・・不可能とは臆病者の言い訳なり・・ナポレオン とか。笑
俊輔・・・あの〜 またそういう他のとこの・・・
高橋・・・凄い〜・・・勉強されてるんですね・・・色んな本とか・・

〜俊輔代表落選の映像〜ドイツW杯敗退映像〜

高橋・・・4年に一度のW杯っていうのは凄く大きな存在・・?
俊輔・・・僕は2002年の時はでられなかったんで ず〜っと代表に関わっていたのに 本当にもう最後の選考でパサって切られた選手  こんなに悔しい思いが出来る選手はいないだろう  これを逆にバネにしたら あの時に出てた選手よりも 2つも3つも もっと高く飛べるんじゃないかなと思って もうそういう気持で・・・
高橋・・・そのあとドイツのW杯に出て 次 来年南アフリカですけれど
俊輔・・・2006年の時はそうっすね〜 まあどっちかというと自分のプレーを魅せたいとか〜   でも今はチームが勝てる為に自分が何をしたらいいのかとか そういう全体を見て自分が今 何の役割をしなきゃいけないのかっていうのを考えて・・・
高橋・・・中村選手を中心に 日本の活躍をみんな期待してると思うので頑張って下さい! 
俊輔・・・あざ〜す!   

で インタビュー映像は終了。

その後高橋スタジオ内
小林アナ・・・実際にお会いになっていかがでしたか?
高橋・・・そうですね。 もう中村俊輔選手っていう選手というと クールなイメージだったんですけれども なんかホントに明るくて気さくに話してくれて 何かちょっと驚きました。
男性キャスター・・・日本の司令塔ですよね。 その事についてなんか言ってましたか?
高橋・・・そうですね、前は自分が輝きたいという事を目標にしてたそうなんですけど 今は自分を押し殺して サポートの方に回ったとしても チームがいいプレーに 導きたい  そういう思いが大きいみたいです。  またVTRにはなかったんですけど 体調管理の話になった時に 私がレバーを食べていると話したら その後の食事会でレバーを中心に食べてたんですね。 何か いいと言われるものを直ぐに吸収する力 貪欲に吸収する力に 凄いなと思ったのと   でもそんな俊輔選手も昔は 先輩の見よう見まねだったそうなんです。  おすし屋さんに行った時に 白身魚ばかり食べている先輩を見て 自分も白身魚ばっかり食べてたそうなんですね。 

ま そして今 日本を引っ張る存在となって 自分が今まで学んだ技術やすべっていうものを身近で後輩に感じ取ってもらいたい という中村選手の心を感じられたインタビューでした。
男性アナ・・・あのインタビューのタイミングなんですけどセルティックが優勝を逃した後なんですか前なんですか?
高橋・・・ちょうど私が見てた試合が勝てば 自力優勝のチャンスが出てきた試合だったんですけど ちょうど引き分けでなくなってしまったその翌日だったんです。    元々は午前中からインタビューが出来るはずだったんですけど 突如その日に練習が入ってしまって午後にしか出来なくなってしまったんですけど、ちょうどその節目というか一番大事な時にインタビューさせて頂きました。
男性アナ・・・羨ましいですね・・・実際見て・・・笑
小林アナ・・・かなり逆質問もされてましたよね・・笑

今後の中村俊輔選手の活躍 大いに期待していただきたいですね。
有難うございました!
       
〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜    
 
以上ほぼ全て掲載しました。
      (ふ〜っ 笑)
※この番組の挿入曲は (日本では6月24日)俊輔の誕生日に発売された応援歌CDの曲が使われていました。
posted by Hiro at 14:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

耐えた!決めた!南アフリカへの最速切符

shunsuke2000.bmp

2009年6月2日。  岡田武史率いるサッカー日本代表は2010年南アフリカW杯アジア最終予選ウズベキスタン戦に向け成田を発った。    チャーター便で約8時間 無事タシケントに到着したチームは早速練習を開始。    しかし与えられた練習会場は非公開など全く不可能なビルに囲まれたピッチ。   早速アウェーの洗礼を受けた形の岡田JAPANだったが 強い覚悟を持って乗り込んだチームに動じる様子はなかった。

練習中に現地代表関係のカメラがずっと回るというあり得ない環境下の日本に対し  ウズベキスタンは完全なる情報シャットアウト作戦で その戦術にぶ厚く不気味なベールをかけた。

スタメン発表。  そこには何と内田の名前がなかった。 突然の体調不良でベンチ入りもしておらず急遽駒野に交代。   この所絶好調の岡崎のワントップ 左に大久保 右俊輔の2シャドー そしてその回りをトップ下の憲剛  遠藤 長谷部が固めた。
自陣前には若手長友に闘莉王、 そして2006年ドイツ後 一旦は代表を離れたはずの中澤が 2010年W杯へ日本を導く為に今またキャプテンマークをつけピッチに立っている・・・ 

屈辱の2006年W杯から3年 俊輔も 中澤も 遠藤も・・・皆それぞれ ドイツでの忘れものを取り返すためにここにいる。   何としてでも勝利し もう一度W杯のピッチで 今度こそ納得の行く試合をしたい。。。
試合が始まった。    

試合当日も雨が予想されていた。  日本にとって恵みの雨となるのか・・・   しかし前日の豪雨にも拘らずボールが全く走らないピッチ。   パフタコールの長めの芝が更に日本の素早いパスサッカーを拒んだ。    深い芝にボールが不規則に弾む、コントロールにやや戸惑いを見せながらも選手達は落ち着いていた。

甘さを断ち切りこの試合に相当なる覚悟を決め乗り込んだ岡田JAPAN、 「アウェーで起こりうるどんな状況にも動揺する事なく 絶対勝利を持って帰る覚悟がある。」 日本を発つ前 そうコメントした監督選手達の強い決意が そんな状態の中 決定的チャンスを作り出した。 
9分長谷部から憲剛へとボールが渡った時だった。  憲剛にボールが入るとその直前 パスを信じた岡崎は 右サイド相手DF裏をすう〜っと抜け出し 前線へ飛びだした。
絶妙な飛び出しだった。   それを受けると相手DFを置きざりにし左足でシュート〜!! GKが弾いたものの それを倒されながらもダイレクトで頭で押し込んだ。    ゴ〜〜〜〜〜ル!!!  何よりも欲しかった先制ゴール。   岡崎の泥臭いほどのゴールへの貪欲さが日本中を歓喜の渦に包んだ。    同時に一気に静まり返るパフタコール。  
試合前何度もゴンゴールのビデオを見続け気合を入れたという岡崎、そのゴールがこの試合を決める いやW杯出場をも決める貴重な1点になるとはまだこの時 誰も知るはずもなかった。   小さい頃から大事な試合で必ず決めてきたという岡崎、得意のヘッドが日本を更に落ち着かせた。    

その後も日本は11分遠藤のセットプレーから大久保が押し込むもオフサイド、13分俊輔も駒野が倒されての素早いリスタートから強烈ミドルでCKを奪い 24分には長友 47分には遠藤のシュート! と 前半は確かにチャンスを作っていた。   

しかしこれに一層勢いを増したのは日本ではなくウズベキスタンだった。  プレーオフに出場するには絶対に負けられないウズベキ、この試合に全てを賭けていただろう。  点を取ろうと素早いプレスでいち早くセカンドボールを拾ってはロングボールで一気に攻め込むウズベキスタン、相手FWタジエフの素早い飛び出しにはDFが懸命の対応をみせていた。

全員攻撃全員守備。 高い位置で奪われればすぐさま前線からプレスをかけた。  
32分俊輔がイエローを貰った。  散々相手に押し倒されているにも拘らず全く笛さえ鳴らさない審判が ほんの少し足が接触し相手が倒れただけでイエローが出た。   スコットランドでは到底あり得ないカード。  シリア審判団の胸中がはっきり見て取れた。 

1点先制してから日本は 相手選手だけでなく 審判との戦いも始まった。  相次ぐファールの笛に募るイライラ・・・  普通なら考えられないような笛で攻撃が何度も止められては そこから相手にチャンスを与えられた。   逆に明らかな相手のファールには笛さえ鳴らずそこから攻め込まれた。
自陣付近で何度も倒れこみセットプレーを得るウズベキ。  しかしここに日本の成長を見た。

サポーターがこれだけ呆れる審判だ 選手本人達はどんなにイライラしていることだろう・・・   しかしイレブンはそれでも苛立ちを露わにする事はなかった。   納得出来ない笛での何度もの相手のセットプレーを必死のDFで凌ぐ日本、低い位置でSPL仕込みの見事なスライディングを仕掛けたかと思えば 身体をはったプレーで再三相手の攻撃の目を摘むなど俊輔も献身的なDFを見せ 時にはFWも入ってのまさに全員守備状態・・・。
  
クリアまでもが殆ど相手に渡る中 ピッチ中を走り回り守備で身体を張る中盤。 しかしそんな守備での貢献は 次第に中盤の選手の疲労へと繋がっていった。
深い芝でパスを繋ぐコントロールの難しさも手伝い 低い位置での守備後 そこからドリブルで前線へとボールを運ぶのには困難を要した。 

ファールでの相手のセットプレーを避けたい日本。 しかし相手に触らずボールを奪う事は非常に困難、次第にルーズボールも拾えなくなり ウズベキの猛攻が始まった。
数えられない程の相手のセットプレー、ヒヤッとする場面も何度もあったが そこは守護神 楢崎が見事な判断プレーを見せた。   それにつられるように落ち着いた見事な集中力で対処するDF。  危ない!という場面で飛び込み  カウンターと見ればいち早く阻止に行く・・・長谷部も守備での大きな成長を見せていた。

前半0−1で折り返した日本。 だが後半も 日本はボールコントロールに苦しみパスが中々前線まで繋げられない。  殆ど攻撃を組み立てる余裕もなく守りに時間を取られた。
20分だった。  憲剛に代わり本田 23分には大久保に代わり矢野が投入された。  しかし戦況は全く変わらず。 
攻撃陣を投入し 少しでも前線でキープし守備の負担を軽くするのが目的だったのか・・・    

しかし27分 右サイドで俊輔が倒されようやく笛 FKを得た。  
そこから左CK 更にはまた中央からのFKと 続けてチャンスを得た。    追加ゴールは奪えなかったものの やっと作れた日本のチャンス・・・
あと10分。。。しかし 必死でDFした後の攻撃にやや攻め急ぐ場面も見られた。   一気にエリアに縦パスを入れては奪われて速攻・・・。    明らかに中盤に疲労の色が見え始めた。

43分自陣右 長谷部が肘うちしたと かなり後になってから笛が吹かれた。 主審が流したにも拘らず 長谷部には信じられないレッドが提示された。    納得がいかず中々ピッチを出ない長谷部に更に注意が与えられ それを間に入った俊輔が宥めた。  いや そこには時間を少しでも稼ごうという長谷部の絶妙な駆け引きがあったのかもしれない・・・。

その直後だった。  岡田監督が10人になった選手達に指示を出した。   そして90分俊輔に代わり阿部を投入。   すると今度は何と岡田監督に退場命令。 
審判の相次ぐあり得ない判定に 監督は右手を振り上げながら スタジアムの奥へ下がり ロスタイムを見守った。

試合終了〜!! 終了間際 3本ものヒヤリとさせられる相手のシュートがあったが 楢崎の好セーブと 相手の精度に救われ 日本は最後まで岡崎の1点を守りきった。
終了の笛と共に 次々抱き合う選手達。  その表情には やりきったという何ともいえない達成感が溢れていた。

楽なグループに入ったと W杯4連続出場が当たり前のように語られる事もあった。  しかし例え毎回顔を出す強豪国といわれる国であっても 出場が楽に決まるほどW杯は甘くない。    だからこそ価値がある大会であるとも言えるのだ。

世界最速での出場決定に 監督 選手達は 「ようやくスタートラインに立った所」とコメントした。   
2006年 痛恨の敗退をバネに 「世界を驚かす覚悟」で南アフリアカへと挑む日本代表。   この所1試合1試合毎に 確実にその実力を上げてきている。   

決していい内容ではなかった。   この内容に批判もあるだろう。 しかし難しいアウェーに加え 審判の相次ぐ不可解な判定・・・こんな状況の中でも 先制し 最後まで相手の猛攻に怯む事無く 落ち着き 最後まで守りきった日本に 今までにはない精神的タフさを感じると同時に また新たな引き出しが増えたと大きな手ごたえを感じた。
ウズベキスタンに そして 審判にも勝った日本。。。

10日にはもうカタール戦が行なわれる。  これは決して消化試合などではない。  本番に向けての貴重なチャンスだ。  一人一人が更なる大きな目標を持って臨み 1位通過目指し しっかり勝ち点3を奪って欲しい。    

耐えに耐え 苦しんで ようやく勝ち取ったこの南アフリカへの切符。一人二人のカリスマ選手などいらない。   選手全員が各々のポジションで誰にも負けないカリスマ性を発揮し 日本を 世界を驚かすサッカー強豪国へと導いて行って欲しい。

試合からたったの4時間後チャーター便に乗り込んだ代表は7日昼過ぎ成田に到着。  カタール戦に向けそのまま横浜へと向かった。
選手全員で宿舎での会見を終えると 夕方早速軽い練習へと繰り出した。
スタメン出場した選手は練習免除だったにも関わらず俊輔はもう一人の中村と共にしっかり参加。     軽いジョギング等で身体を動かした。     
1位突破目指しカタール戦へ・・・ 早くも新たなスタートが切られた。             
posted by Hiro at 19:50| Comment(3) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

俊輔いざ!ウズベキスタンへ!

千葉合宿B 103.jpg

ついに岡田JAPANが2010南アフリカW杯アジア最終予選 ウズベキスタン戦へ向け今日成田を出発 タシケントに到着した。
俊輔はSPL今季最終節ハーツ戦をホームセルティックパークで迎え 最終節まで縺れ込んだレンジャーズと優勝争い。   
別会場で行なわれていたレンジャーズの開始早々からの先制にサポの歓声もトーンダウン、チームは勢いを失い ホームでの最終戦で屈辱のドローを強いられる事となってしまった。

2005年から俊輔と共にチームを3連続優勝 そしてチーム歴史に残るチャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出をも果たしてきたストラカンだったが ついに4連覇の夢は叶わず 4年ぶりに首位を明け渡し2位。    
以前より「もし俊輔がいなくなれば我々も職を失う事になるだろう」とコメントしていたストラカン監督がその言葉どおり試合後退任を発表。
31日にセルティックパークで行なわれた 故トミーバーンズ氏の追悼試合での感謝の言葉を最後に聖地を去り セルティックの一つの歴史がまた終わった。
これを受け 現在セルティックはストラカンの後任監督探しに必死。  現在数人の候補を模索中の他 元主将 レノンにとの声まで上がっている。   レノンはその追悼試合でセルティックの指揮をとり 11−4で勝利を収めた。

試合翌日グラスゴーを発った俊輔は家族と暫しの休養後岡田JAPANの合宿に合流。    最後まで厳しい優勝争いが続いた事から これまで持病再発の痛みを薬で抑えつつずっと強行出場を続けてきた俊輔の体調を考慮、 6日の本番を前に 一時はベルギー戦の出場も危ぶまれた。

しかし31日 満員の国立競技場のピッチに 俊輔はしっかりとその姿を現した。   本番ウズベキスタン前に 少しでも合わせて確認をしておきたい・・・。      
スタメンには10番中村俊輔の名前。  アップの為ピッチに選手達が現れると 会場からはより大きな歓声と拍手が起こった。

スタメン全員でのアップ後 俊輔はゴール前でシュート練習。  無回転シュートを何度もゴールへ蹴りこむ俊輔に会場からも時々「お〜ッ」と声が上がっていた。  勿論疲れはあるのだろうが 本番までたった1週間。    休んでいる余裕はなかった。

リーグと同様3トップとも取れる右サイドで先発した俊輔は 高さのある相手守備を崩す為何度もポジションチェンジをしながらチャンスメイク。 ハーフ限定での出場ではあったが ボールを支配しサイドを深くえぐり決定機を演出したかと思えば SPLで磨いたスライディングであっという間に相手ボールを奪う強気のDFも見せた。     これまでもずっと代表で10番を背負って来た俊輔だが この1〜2年 また一つ 違った成長を見せている。

技術面での成長は勿論だが それだけではない。 以前も掲載したようなコミュニケーション面でもない。    それは試合中 チーム全体を把握する能力とそれを的確に判断する早さだ。     一つ一つの場面を直ぐさま客観的な俯瞰視野で考え 次の流れを読む。    今や世界の中村俊輔だ 個人技を出そうと思えば魅せるプレーはいくらでも出てくる。   しかし俊輔は常にチーム全体を考えプレーをしている。     自分をアピールしたい気持は誰でもあるはず、しかしそれはあくまでもチームが勝つ為のものでなければならない。    よりゴールを奪える確立の高い方法がないか瞬時に判断し パスを出し・・・そこへ走る・・・    

元々視野の広い選手である事は周知の通りだが その動きは確実に チーム攻撃の絶妙なリズムを作り出していた。   その証拠に後半 日本の攻撃リズムが狂い 確かに相手に流れが傾く回数が増えた。  

若手も多い。 まだまだその動きを理解できず目の前だけのプレーに終わり それが無駄走りになる事も多い。   明らかにここへ出せば一気にゴール前へ行けると見える場面でも そこへ走った俊輔に気づかない選手すらいる。   逆に動いて欲しいところへ動き出さない場合も多い。  

しかし一見地味に見えるそんな動きも この所の頻繁なコミュニケーション またこれを繰り返し反復する事で若手にも伝わり 気心知れた遠藤 憲剛らを中心に ここの所少しずつだがチームにも浸透し それがチャンスへと繋がってきているような気もした。    

SPLでさえも俊輔がボールを持った時点でまだまだ動き出しの遅い選手がいる。    プレスの素早く当たりの激しいSPLではその一瞬前に 少しでもいい展開の出来る位置へとパスを出す必要がある。 その為には更にその先を読んだ体勢を考えボールを受けなければならない。
そんな中で更に磨きがかかったのか 全体を瞬時に判断する能力とその速さに大きな成長とレベルの違いを見た。  

勿論強い相手になれば全てが上手くいくとは限らないが 俊輔の 全体を見渡すような視野の広いプレーと質 そしてそれに連動するチームメイトの動きがもっとピタリと合ってくれば これからの岡田ジャパンにとってこれ以上ない大きな力となる事は間違いない。       

若い頃は自分のプレーで懸命だった俊輔が この7年間で技術だけでなく精神的 人間的にも大きく大きく成長した。
ウズベキスタンに勝てば世界最速でのW杯出場が決まる。
しかし いくつもの高い壁を乗り越えてきた俊輔だからこそ 決して侮る事無く ベルギーでの圧勝に 一層気を引き締め 今日 チャーター機で成田を発った。 

ウズベキスタン戦まであと4日。  アウェーでは何が起こるか判らない。   6日 10日 17日・・・先ずは2010南アフリカへの切符を手にする為の厳しい3連戦がついに始まった。
ここまで長く一緒にいられる事はそうはない。 これをいい機会に 若手にはどんどん自分から話しかけ俊輔から様々な話を引き出し勉強して欲しい。   日本を強くしたい・・・。  そんな俊輔の強い思いがどこまで岡田JAPANを引っ張ってくれるか  これからの代表に大いに期待したい。
posted by Hiro at 20:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする