2010年02月28日

マリノス中村俊輔 新たなる挑戦・・・

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2010年2月28日。
レッジーナ セルティック エスパニョール・・・
8年近く 欧州での様々な経験を積み大きく成長してきた俊輔が ようやく日本に帰ってきた。
横浜FマリノスMF中村俊輔・・・ こう書くのは本当に久しぶりだ。

俊輔は帰国すると 早速日産スタジアムで 入団記者会見を開いた。
横浜は 朝から冬がぶり返したかと思うような 冷たい雨。
しかし午後になると まるで俊輔を待っていたかのように 雨が上がり太陽が顔を覗かせた。 

記者会見前 ピッチ入り口に 嘉悦社長 下條統括本部長 木村監督の3人が顔を覗かせると 会場のサポからは 「お疲れ様でした〜!有難う!」 と拍手が起こった。    笑顔で応じる嘉悦社長。
そして始まった会見。

黒いオフィシャルスーツ姿の俊輔。  表情は長旅もあり やはりどことなく疲れが見えるが 記者の質問に 一つ一つ落ち着いて答えていた。
※詳細1 下記

代表の質問については 「それ・・・明日でいいっすか?」と ある意味 ナイスな(笑)返事も飛び出し(明日から代表に合流するため) 緊張の中も やはり経験者の余裕も見せる場面もあった。 

しかし スペイン移籍への質問に はっきり「失敗とは思っていない」と答えた俊輔。。。   この一言に 何となく自分自身までが救われた気がした。 

会見後 早速 新しいユニに袖を通す俊輔。  嘉悦社長と握手で記念撮影。  そしてついに ピッチへと登場。。。
会場サポからは 大きな拍手と声援が贈られた。  
お帰り〜!俊輔〜! 
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俊輔は 登場するとマイクの前で「またトリコロールのユニホームを着て頑張りたい」と挨拶。   そして暫くするとそこへ 木村監督が登場〜。     二人が握手を交わすと 報道関係者のカメラから まばゆいばかりのフラッシュが 嵐のようにたかれた。
たったの二日前に決まった会見挨拶にも関わらず 会場には約3000人ものサポーターと 大勢の報道陣。  彼に対する注目の高さが伺えた。

俊輔はその後リフティングを披露、サインボールを次々と会場に蹴り上げた。 
そこで気づいたのがスパイク。  これまでエスパニョールでブルーのスパイクを使ってきた俊輔だったが この日はマリノスのトリコロールに合わせたように ストッキングと同色の赤のスパイクを履いていた。
おそらく今回 これも初披露目だろう。

8年ぶりに マリノスの選手として日産のピッチに立った俊輔。
一日も早く 久々のJリーグ&ボールに慣れ 試合勘を取り戻せるよう そして これまでの悔しさを晴らすような活躍が出来るよう 祈るばかりだ。

俊さん お帰りなさい!! そして先ずはお疲れ様!!  
これからは周囲に惑わされず 決して焦る事なく 1歩1歩 自分のペースで 取り戻していって欲しい。 
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※会見コメント詳細1
=横浜Mへの思い=
ここまで色々難しい事がありましたけど 無事こうやってマリノスに戻ってこられて非常にうれしく思っています。   あとはいいプレーして自分の経験を生かして、マリノスというチームがもっと強くなったり、大きくなれるように貢献していきたいと思いますので応援宜しくお願いします。

1年半くらい前から 日本に帰ることは考えていて、そのクラブはマリノスしかないと思っていた

=移籍の理由は=
いろいろあるけれど、一つはワールドカップが近づいていること。
プレーできる環境でやりたかったし、前からマリノスでやりたかった。

=スペイン挑戦はご自身の中で失敗だったのか=
少し考え・・・うん・・・まあ 勿論 W杯前にいくのは危険な・・・ もしかしたら(試合に)出れないかもしれないっていう(危険性もあったが)、 勿論全部把握して・・理解して行ってたんで・・・。     でもそういう 壁とかあると思うけど 自分はそういう高い壁に当たらないと伸びないタイプなんで。   

向こうで結局結果を残せなかったんで やっぱりその悔しい思いがあるんで・・・ それを次に活かさないと意味がないと思う。   で・・・行って こうやって戻ってきたんですけど 全く悔いはないし また高いレベルを見れたんで  それを次に活かせば伸びると思うんで・・・  失敗とは思っていない。

=Jリーグと日本代表での今まで通り活躍する為にに必要なのは=
メンタルですね。   日本に帰ってくると やって当たり前っていう目で見られると思うんで そのプレッシャーにどう勝つか。   そこは 僕個人だけじゃ やっぱりうまく行かない所もあると思うんで チームメイトの力を借りたり あとは 印象としては「早い」と思うんで(Jリーグは) それに慣れるのも重要だと思う。   でそれもW杯まで時間がないんで 早く順応しないとアピールも出来ないと思いますし 難しい挑戦だと思いますけど・・・頑張りたいと思いま

=木村和司監督のイメージ=
偉大な選手だった人は 感覚で話すことが多い。 それを自分の感覚で聞き漏らさずに、成長したい。  これからが楽しみです。

=今後の夢は?=
いまはマリノスで優勝する事と、チームをより強くしたい。 
posted by Hiro at 23:59| Comment(9) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

リスタート 〜長い長い旅の終わりに〜

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2002年7月22日。    
「うまくなりたい・・・」  とたった一言だけ残し この日一人の若手Jリーガーが成田空港を発った。 
横浜FマリノスMF  サッカー日本代表 中村俊輔。    
24歳になったばかりの夏だった。    

その約2ヶ月前の5月17日。    それまでずっと代表で結果を残して来た彼は この2002年日韓共催W杯の最終メンバー発表日 クラブハウスに押し寄せた大勢の報道陣を前に 一人落選会見を開いていた。
わが国で  そして 地元横浜でW杯を戦える 願ってもないこのチャンスに、  街で配られたメンバー発表の号外紙には「俊輔落選!」の文字が大きく踊っていた。

誰もが目を疑った。   
「中学時代の挫折からしたら何でもない・・・・」
そういいながらも たった4年に一度しか来ないこのW杯、 これに賭ける思いが誰よりも強かった俊輔は 抑えても抑えても沸きあがるその悔しい気持ちをぐっと胸にしまいこみ 気丈に前を向いた。        元々海外への意識が強かった彼の目は 一気に海外へ・・・   自然な事だった。

このW杯に出場が叶えば レアルへの移籍もほぼ決まるはずだった俊輔、  メンバー発表前には 選手を守る立場のはずの監督の口から 次々と侮辱するような有り得ないコメントが幾度と無く飛び出した。 その数々の侮辱発言に対してのコメントを求められた俊輔。。。   そんなマスコミのあおるような質問にも 彼はたった一言 「いえ 何もないです」 とだけ静かに言い放った。     

その直ぐ隣には ライバルと言われメンバーに選ばれた三都主が笑顔でインタビューに答えていた。       2001〜2年 チームでのポジションとは全く違うポジションでのプレーで結果を求められた代表と クラブの低迷を背負い 悩みぬいた1年だった。        
ホームでの開催に W杯ベスト16入りで盛り上がる日本を離れ 韓国で過ごした2002年W杯。    それから約1ヶ月後だった。    
イタリアから届いた一通のオファー。       会長直々に訪日しての説得を 寝ずに考え 帰国ギリギリで答えを出した俊輔。 
プロとはいえまだ24歳になったばかり。   元々スペインへの夢はあり チームメイトから少しずつスペイン語も教えてもらっていた俊輔だったが セリエA しかも Bから上がったばかりのチーム レッジーナ。   10番をつけられるとはいえ 大きな大きな決断だった。  

イタリアといっても一番南の小さなクラブ。    長い長い移動を経て到着したその街は 日本食屋も何もなく 水すらも買わなければならなかった。      蛇口をひねれば海水?が出てくる。    毎日食べる米をペットボトルの水で研げば一気になくなる・・・   その時から 俊輔は無洗米に変えた。    

24歳・・・ この状況にさすがに不安もよぎった。    練習場にも何もなく シャワーはパイプに穴がひとつ開いているだけ。   
選手のロッカーすらない。    高校時代の部室の方がずっとマシだった。   
医療設備もお世辞にもいいとは言えない。    練習場のピッチはボコボコ。    粘土がシューズに挟まり簡単な練習にもスパイクを使わなければならなかった。

得意のFKの練習にも 用具はろくなものがなく マリノス時代に使っていた「壁君」が わざわざ日本からレッッジョにも送られた。
そんな中  選手達のポジション争いだけは激しかった。   試合直前の練習でも容赦なく削りにくる。    皆 選手達は生活がかかっている・・・   貪欲だった。
    
日本人という事で人種差別的な言葉を投げかけられる時もあった。   待ち合わせても平気で遅れる。  正確な日本人とは違い 時間にも大雑把  食事中にも拘らず次々とサインも求められた。
FK時には 我先にとボールの前に立ち チームメイトが相談もなしに勝手に蹴った。      食習慣も勿論大きく違う。。。   
イタリアはパスタが主食 米もない。  サッカー以外の全ての事に対応するのに 大きな労力を使った。  

ここでやっていくには 自分を変えるしかない・・・  どちらかというと人見知りが激しく大勢で騒ぐ事が苦手な俊輔が 陽気で明るいイタリアの環境に少しでも馴染もうと 自分の性格を変えてでもここで頑張ろうと必死だった。    
チームは 勝つ為の戦術ではなく 負けない戦術。     少しでもリスクを避けるために DFから前線へとロングボールが飛び交った。   ここには中盤はいらないのか・・・   

チームの負けがこむと 監督の交代も容赦なかった。   そのたびに監督に認められるよう必死で頑張り 練習中も100パーセントでアピールする俊輔。
負傷を抱えているにも拘らず 無理やり出場する時もあった。    案の定次第に 身体は悲鳴をあげ始めた。     2年目には 負傷もありうまくいかず 出場機会が激減  一番苦しい1年だった。

それでも3年間必死で頑張り これまで弱いと言われていたフィジカルをはじめ 様々な引き出しを増やした俊輔は 次こそスペインへ・・・ ?
しかし 移籍は中々本人の希望通りにはいかないもの。    クラブ側がつけた値段に見合うチームでなければ選手が行きたくても行かれない。
そこへ スコットランド強豪 CLにも出場するセルティックが 強烈オファーを出した。   
スコットランド・・・  思ってもみなかった。    
しかし 前々から俊輔のプレーに目をつけてきた監督ストラカンは 中でもコンフェデ ブラジル戦での俊輔のプレーがずっと忘れられず 何としても来て欲しいと 高額オファーにも屈する事無く 再三のラブコールを送った。       CLにも出場出来る・・・ ついにセルティック俊輔、 スコットランド初となる日本人選手の誕生となった。

移籍した年は 惜しくも 俊輔成田出発直前に 本戦進出を逃してしまったセルティックだったが 翌年のCL出場を目指し奮闘  見事ライバルレンジャーズを抑え優勝を果たし 来季CL出場権を勝ち取っただけでなく  クラブ歴史初となるチャンピオンズリーグ 決勝トーナメント進出の夢までも果たした。
チームの中心には いつも俊輔がいた。     セットプレーもほぼ任され 俊輔がボールを持つと一層 サポーターの目が輝いた。   
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NAKAがボールを持てば何かを起こしてくれる・・・・。     そんな言葉がスポーツ紙 サポの間を飛び交うようになった。

試合が終わり俊輔が現れると 毎回一層多くのサポーターがその周りを取り囲む・・・   人気選手である証拠でもあった。     
俊輔が活躍しているおかげで 日本のサポーターをも現地の人はやさしく迎え入れてくれた。   日本語を学ぶ人が増え カタカナが流行った。   自分の名前をカタカナで刺青する人もいた。  
毎試合満員になる6万を超えるスタジアム  そして多くの目の肥えたサポーター。     最高の雰囲気の中で俊輔は スコットランドにこれまでなかったパスを繋ぐサッカーを伝え その魅力を存分に発揮した。      その1本の正確なパス 1本のFKで チームの危機を何度も救い セルティックを3連続優勝に導いた俊輔、 2年目には MVPを総なめにもした。    いったいいくつ賞があるのか・・・  そう思うほど 沢山の賞を手にした。    難しいと言われているスポーツ記者の年間MVPにも輝いた。 

CLでマンU相手に2度もゴールを決めたあのFKの弾道は 現地サポーターの胸から一生消え去る事はない。      スコットランドサッカーの歴史を展示するミュージアム ハンプデンパークに 俊輔のユニフォームが今も堂々と飾られている事が 彼のスコットランドに与えた影響の大きさを物語っている。

日本を発って早7年  子供も成長した。   次第に帰国が頭をよぎるようになったのは無理もない。
まだ日本への移籍が発表される前  セルティックは初めて サポーターと俊輔のお別れ会を開いた。
お別れ会という名目ではなかったが 忙しいさなかだったにも拘らず 300人越える現地サポーターが集まり俊輔との食事会を行った。 
セルティックが最大限の条件で必死の残留 引き止めに出るも、 この時 既に俊輔の頭の中には Jに復帰する事以外 選択肢は残されていなかった。
完璧に日本に戻るつもりだった。    

しかしそんな日本への移籍は 思わぬ展開で幕を閉じてしまった。
もしかしたら 戦後最大の不況と言われるこの不況が一番の原因なのかもしれない。    そのあおりを大きく受けてしまった形の俊輔の移籍。。。
決定ギリギリで決裂 スペインへと切り替わり 単身 バルセロナ入り。 空港は大騒ぎとなった。

合流した俊輔は 周囲の持ち上げにも全くおごることなく 足元をみつめ 「自分はスターなんかじゃない」 と言い放った。
そして迎えた 新スタジアムコルネジャのこけら落とし。     リバプール相手に エスパニョールは 3−1と見事な試合を見せた。
中盤には デラペニャと共に 俊輔。    俊輔は見事 Lガルシアの初ゴールをアシストしたうえ タムードへの見事なスルーパスも通した。
惜しくも審判の判定は タムードのオフサイドという事になってしまったが 超満員のコルネジャサポーター そして観戦していた スペインリーグ幹部達の目を 俊輔は一気にくぎ付けにした。
翌日の新聞には 俊輔の活躍を讃える記事が踊っていた。
しかし・・・

俊輔加入から たったの1ヶ月、 イタリア合宿でエスパニョールに 信じられないような衝撃が走った。
キャプテン ハルケの死だった。    そこから エスパニョールの歯車は 少しずつ少しずつ狂っていった。
ハルケというベテランDFが抜け 更にDFの移籍も相次いだ。    そこへ追い討ちをかけるように 俊輔の相棒とされていたデラペニャの長期離脱。。。
中盤で イタリア語が出来るデラペニャと二人共存できれば パスが回り チームは連動するはずだった。

しかし まだスペイン語に不慣れな俊輔 言いたい事がうまく伝わらない事も多々あっただろう。
チームは中盤での連動がなくなり 攻撃がスムーズにかない事で DFパレハからは 何度も前線にロングボールが蹴られるというスペインらしからぬ戦術に・・・
中盤でパスをつなぎ 連動させながら相手を崩し攻め込んで行くはずの俊輔のプレーは  いつの間にかサイドに張るだけの戦術に埋もれ 次第に出場機会を失っていった。
それでも、 自分のプレーの特長を変えてでも、 チームの為に プレーしようと 練習中も必死で アピールしていた俊輔。

だが 監督は 次々とユース上がりの若手を投入 俊輔の出場機会は 失点してから・・・  入っても直ぐにチームメイトが退場・・・など 悪い状況の時ばかり。  
結局 短時間では 結果を出す事も出来ず 益々 プレー時間が減っていった。    出場しなければ結果を出す事さえできない・・・。

2010年に入ってからは 試合前日の怪我にも拘らずアウェーでの強行出場 そして悪化 離脱・・・
更に今度は 回復したにも拘らず マスコミ報道を意識したような メンバー外・・・ 
俊輔・・・ もういい・・・
思わず そんな言葉が 出るほど  俊輔自身より 見ているこちらの方が正直苦しくなってきてしまった。。。
W杯までたったの4ヶ月まで迫ってしまった今  何と言っても一番重要なのは 俊輔がプレーできる場所を早く確保する事。
ついに 移籍話が本格化した。

8月のリーガ開幕には家族も揃っていた。    しかし 英語の環境にようやく慣れたところで やっと帰れるはずが 今度は何とスペイン語・・・
子供達の負担も大きかった。    日本人学校ではなく エスパニョール選手の子供も通う所、 環境に馴染めず 大泣きする事もあった。
しかも リーガ選手でありながら 何と 家族には 観光ビザしか下りないスペイン。 
同じチームメイトの海外組にも やはり悩んでいる選手はいた。

スペイン語は とても速い。   覚えるのは 大変な事。    日常生活は出来ても 戦術理解や深い話になれば まだ半年の俊輔には到底無理だろう。   通訳がいたら きっと全然違う結果となっていたのではないだろうか。  

試合中 中々いい時にパスを出さない選手もいた。   世界最強と言われるリーガ、 勿論自我の強い選手ばかりだ。     おそらく その状況には少しくらい愚痴が出るかと思われたその質問に  俊輔の口からは一切 チームメイトに対する愚痴は最後まで出ることは無かった。   

出場機会が減っても 必死に前を向いて 頑張っていた俊輔。    昨年終わり 現地で移籍話が出始めた中も  本人はまだ ここで出来れば何かしら結果を残したいという気持ちが強かったのだろう。       周囲が 移籍話で持ちきりの中 俊輔は悩みながらもプレーに集中 試合に向け毎日黙々と練習に励んだ。

移籍から8ヶ月。   W杯が迫ってなければ また全く違う結果となっていたかもしれない。    
監督の強い引き留めにも関わらず W杯に賭ける思いはそれを大きく上回るものだった。
日本代表の核でもある俊輔のチームでの状況は 今や俊輔だけの事ではなく 日本の悩みともなってしまっていた。     先日行われた 東アジア選手権で結果を出せなかった日本代表に厳しい批判が溢れる中  その期待は確かにまた 俊輔ら海外組へと向けられてきている。。。  もう時間はなかった。

2002年 7月22日。   
沢山の夢と覚悟を胸に日本を旅立った俊輔が 7年半という長い長い旅を終え ついに日本へと戻ってくる。
代表人気の下降も心配される中 彼が日本に復帰する事で Jリーグが一層盛り上がり 代表が息を吹き返す事は間違いないだろう。

俊輔は28日帰国、 日産スタジアムで入団会見を行い サポーターに挨拶、 1日から代表に合流し 復帰初のバーレーン戦を戦う。 
横浜FマリノスMF 中村俊輔。    今年W杯頃には32歳を迎える俊輔が今日 ついにサッカー人生5度目となる新たなスタートを切ることとなった。            
posted by Hiro at 21:29| Comment(10) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エスパニョール俊輔 マリノス移籍正式決定!

〜緊急速報〜

たった今 エスパニョール中村俊輔の 横浜Fマリノスへの完全移籍が決定しました。
以前より 代理人ロベルト佃氏が現地入りし エスパニョ−ル側と交渉を行って来ましたが 25日マリノス社長嘉悦氏が現地入り 本日エスパニョール幹部との最終交渉を終え無事合意 正式決定となりました。

横浜Fマリノス側とは すでに合意に達しており、  俊輔は3月3日のバーレーン戦代表メンバーに召集されている事から 代表に合流する予定。      

背番号は「25」
マリノス〜レッジーナ〜セルティック〜エスパニョールと大きく成長した俊輔が ついに海外組としてではなく Jリーグ横浜Fマリノスの中村俊輔として アジア杯最終予選バーレーン戦で 5度目のスタートを切る。 
http://www.rcdespanyol.com/principal.php?modulo=detalleNoticia&idnoticia=8452&idseccion=28&idlinkchk=0&idmenu=9&idsubmenu=108
エスパニョールオフィシャルサイト他 スペイン現地スポーツ紙も こぞって この移籍決定を報じている。
posted by Hiro at 21:24| Comment(13) | TrackBack(0) | 俊輔情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

エスパニョール俊輔たった5分も見せ場

リーガ第23節 エスパニョールは アウェーでマラガと対戦した。
スペインの一番南下に位置するマラガとは 第4節 既にホームで対戦、先制を許すも サハルが、 そして俊輔のアシストからアロンソが 見事ゴールを決め2−1で勝利している。

このところ アウェーにはめっぽう弱いエスパだが 現在12位のエスパに対し 相手も15位だ。
Fマルケス コロは怪我で離脱中だが これまで離脱していたDFフォルリンがようやく戻った、 今度こそ何とかアウェーで勝ち点3を 持ち帰りたい・・・。 

一方 現地 国内共に俊輔の移籍噂話で持ちきりの中  当の俊輔は負傷の右足がようやく回復、 チームに完全合流し 練習試合でも右ボランチに入りプレーするなど 次のマラガ戦に向け集中していた。
一番いいのは ここスペインで 出場回数を少しでも増やす事。。。

しかし昨年までは静かだった噂話は 今年に入り一気に加速した。
怪我の中での強行出場、そして案の定 予測出来た悪化と離脱。。。   怪我は思ったより長引き必死の治療が続けられ ようやく回復に向かったと思いきや 今度はチームに完全合流したにも拘らず どうみてもマスコミ騒動に反応してのものと思えるような監督のメンバー外発表。。。  

この 監督の起用法に怒りを覚えたサポーターも相当多かったが この頃からJ復帰の噂は 俊輔本人以外の所で まるでもう決まったかのような勢いで 大きく動き始めた。  
しかも今節はアウェーだ、これだけ移籍報道で揺れる俊輔を 果たして監督がアウェー遠征になど連れて行くのか・・・   本人でさえ メンバー外となる可能性も覚悟していた。   

しかし 俊輔自身は移籍話など全く口にもせず 常にプレーに集中し、練習で必死にアピールしながら 声のかかるのを待っている。
マラガ戦前の練習では 紅白戦などでも ボランチに入りとてもいいプレーを見せていたはず、 何とか 使って欲しい・・・
  
前日 監督の遠征メンバー発表の中に Shunsuke Nakamnura の文字があった。    半分諦めかけていただけに この発表には正直嬉しい気持ちがあった。    しかし あくまでも遠征メンバーに入っただけ。    ベンチ入りすら出来ない可能性も高い。  更にベンチへ入っても 出場できない可能性も高い。
移籍が本当に決まるなら もしかしたら この試合がリーガ最後の試合になる可能性もある。    いや ヨーロッパ最後の試合というべきなのか・・・。  

それとも もう最後だからと あえて俊輔をメンバー入りさせたのだろうか・・・?    
本人はプレーに集中しているというのに 自分の頭の中を 様々な事がよぎった。   どうも最近 悪い方へ悪い方へと考える癖がついてきてしまった自分に  やや嫌気がさした。     

試合直前 ドキドキしながら見たベンチ入りメンバー表示、そこには はっきり shunsuke nakamura の文字があった。
よかった・・・涙   何とか出場機会を与えて欲しい・・・!  
何と 5試合ぶりだった。   黄色のアウェーユニに身を包みアップする俊輔を 現地のカメラも捉えていた。 

試合開始。 ホームのマラガが いいスタートを切った。
中盤でボールを奪い両サイドからスルーパスを通し チャンスを作ってくるマラガ。  
開始早々 DFのクリアミスが相手に渡りエリア内 倒しあわやPKという場面もあった。    審判があまり笛を吹くタイプではなかった事が ここでは幸いだった。

アウェーとはいえ 強豪相手というわけでもないのに この立ち上がりはどうみても良くない・・・。
DFもまんまと裏を取られていた。
カメニの好セーブで失点を逃れたエスパだったが DFも後出後出。
殆どエスパの攻撃は見られず 中盤で ボールを奪われる場面も多かった。  連携もいまいち。

そんな中13分だった。  中央左で カジェホンが 相手を倒しFK与えた。   相手のFKに ゴール前 ピタリと頭で合わせられ あっという間にボールはゴール左に突き刺さった。
何と 早くも失点・・・  絶妙なボールだった。   ゴール右 相手4人が同時に飛び込み エスパDFは 全く掴みきれず。   きれいにフェルナンドにゴール左下に決められてしまった。

ボールが中盤で中々落ち着かない。  今日もまたパレハから前線にロングボールが送られる場面が増えてきた。 
しかし 先制したマラガもその後は 決定的チャンスを中々作れない。
両者共に 決定機に欠ける 静かなゲームが続いた。
前線までパスが繋がらず 中々シュートまでもっていけないエスパ。   セットプレーも決まらない・・・。

そんな中 前半終了間際だった。  エリア右コーナー付近 カウンターに飛び出したカジェホンが倒された。  相手にイエロー。  いい位置だった。
JマルケスのFKが相手DFの頭をかすり やや方向がずれたボールに ゴール左下ギリギリ 足を出し飛びこんだVルイスが 押し込みエスパはようやく同点に追い付いた。 

前半 早めに先制したマラガも その後は決定的チャンスは作れず エスパもゴールに繋がるようなシュートまで中々行けず。   殆ど見せ場らしい場面がなくこのまま折り返しかと思われた中、 前半終了間際 FKのセットプレーから 見事同点に追いついたエスパ。
前半のボールポゼッションは 48:52.    ゴールチャンスはわずか 1:1
BPこそエスパが上回っていたが 内容的にはマラガの方が 崩せている。   後半 果たしてベンチ入りした俊輔の投入はあるのだろうか・・・

1−1で折り返した後半 ペースをにぎったのは エスパだった。
これまで繋がらなかったパスが繋がるようになり 相手ゴール前まで迫った。   何とか先に追加点が欲しい・・・
しかし そのチャンスに 中々ゴールだけが割れない。   バーを直撃したシュートもあった。   次々作るチャンスに そのシュートはことごとくGKとDFに阻まれた。  

自分達優勢のいい時間帯に追加点が奪えなかったエスパ。  次第に流れはマラガへと傾いていった。   
そして74分 相手のクロスがDFに当たり左CK与えた。   ゴール真ん前 頭で合わせ落ちたこぼれ球を 押し込まれ 何とあっさり追加点を与えてしまった。   2−1。。。    

後半 エスパがいい攻撃を見せていただけにこれは悔しかった。 
しかもまたセットプレーからの失点だ。   やはりいい時間帯にゴールが奪えなかった事が大きいのか・・・

77分Jマルケスに代わりサハルが入った。  
必死に 追い付こうとチャンスを作ろうとするエスパ。
それでも中々ゴールを割れない・・・
相手マラガは ロングボールでの飛び出しで一発を狙ってくる。   がたいもでかく フィジカルの強い相手の飛び出しにDFも必死だった。
俊輔の投入は結局ないのか・・・

そんな中84分だった。  左サイドでバエナを倒し 相手ガメスにレッドカードが提示された。   退場〜!  10:11になった。
そこで ついに俊輔に声がかかった。
ベルドゥに代わって入った俊輔、 5試合ぶりの出場だった。

時間がない。  積極的にパスを受けに行く俊輔。   
最初は 中盤で繋ぎ役 中々前を向き仕掛ける事が出来なかった俊輔だが 右サイド 俊輔からのパスをチカが再び俊輔へと戻すと 俊輔はDFを交わしゴール前へ丁寧なクロスを送った。  飛びこんだ味方は惜しくもDF二人に阻まれ僅か触れなかったが 相手サポをヒヤリとさせる場面だった。 

そして45分 今度は右サイド チカのスローインから 大きくエリア左へと展開すると オスヴァルドがそれを頭で落とした。  俊輔はそのこぼれ球を空かさず拾い 相手DF二人を次々切り返しで交わしラインギリギリ 鋭いクロスを入れた!  惜しくも 素早い反応を見せたGKのキャッチで ゴールとはならなかったが 1点差の相手サポからは 大きなどよめきが起こった。    

オスヴァルドも回り込んだが 俊輔は パスより 自分で行く事を選択。    その積極的プレーは たったの数分しか与えられなかった俊輔にとって最高の見せ場となった。 
 
2−1. エスパニョールは結局 またしてもアウェーで勝利をあげる事は出来なかった。  
1−1で折り返した後半 いい攻撃を見せたのは確かにエスパだった。  
何度もチャンスを作ったが 中々ゴールに結びつかず いい時間帯に追加点が奪えなかった事が 勝ち点を落とした原因となった。      2失点 共にセットプレーからのものだった。   
そして自分達のゴールも セットプレーから。
この試合で セットプレーの重要性が 改めて浮き彫りになった。     
たったの数分ではあったが 5試合ぶりの出場を果たした俊輔。   勿論 到底納得の出来るようなものではないだろう。    
しかし 移籍話で揺れる中 アウェーゲームに召集され 短い時間でも出場できた事は プラスに考えてもいいだろう。  

これがリーガ いや ヨーロッパ最後の試合になるのかとの噂が飛び交う中  昨日ついにクラブ間同士の話し合いが始まった。 
2002年7月21日国立 マリノス最終戦ベルディ戦を最後に 日本からヨーロッパへと飛び立った俊輔。    あれから8年 常にそのチームの為に 100パーセントを出し戦ってきた俊輔が今  長い長い旅の終わりを迎えようとしているのだろうか・・・。 

そんな中も 当の俊輔は 試合翌日の休日にも関わらず 自主練で 必死に身体を動かした。    あくまでもまだエスパニョール選手である俊輔。    移籍は最後の最後までわからない。  正式決定は果たして・・・

2010年02月10日

2010日本代表合宿第2弾

ベネズエラ戦 そして東アジア選手権 中国戦 とホームで無得点ドローに終わった日本代表。    
試合後 会場サポーターから大きなブーイングがおこるなど その得点力のなさに 批判が出始める中 選手達自身もまた 中々納得のいく結果が出ず やや表情は硬め。。。  

プレーを見ても これでいいのか・・・と どことなく 自信なさげに見える攻撃陣・・・  そんな選手達に自信を取り戻させる為に 岡田監督は 洗脳ビデオを見せるなど プレーだけでなく メンタル面アップにも気を配っているようだ。。。
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2010年2月9日。  関東は昨日より気温もグッとあがり 久々のぽかぽか陽気。    選手達がバスで練習場に到着すると 早速練習が始まった。    あれ?? 少ない・・・。   それもそのはず この日選手達は珍しく2台のバスに分かれ第1陣が先ず到着  そして30〜40分遅れて第2陣が。    

初陣は到着すると 個人個人でアップを開始、 その後 小さなスペースの中で ビブスをつけてのパス回し。    素早く 確実にパスを繋いでいくための練習か?    
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それだけでも かなりの運動量、 疲労も溜まっているのだろう 結構息があがっていた選手達。   
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その後 中央大との練習試合が行われた。    岡崎と玉田のツートップ 左に大久保 右には憲剛がいた。   憲剛は確か中央大出身か? 後輩との対決だ・・・
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初陣は 約15分ハーフ。  日本代表は玉田 憲剛 そして大久保のPK 岡崎のダイビングヘッドで 4ゴールを奪った。    練習試合とはいえ 何気に相手の大学生も球際は容赦ない。 声も良く出ている。    時には競り合いで代表が負ける場面もあった。 
しかし 第1陣の結果は 4−0。    終了後は皆 さすがにかなり疲れた様子だった。
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最初から入っていた長友は 駒野と交代。  試合2日前でもあり 風邪気味で大事を取ったようだ。   しかしプレーも出来 そこまで具合が悪そうにはみえなかった。 重症ではないだろう。
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玉田選手は試合後 コーチとずっと話をしながら アドバイスを受けていたようだった。   プレーに悩んでいるか・・・?
ガンバレ・・・ 
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その後は軽いランニングやストレッチなど各々こなし 第2陣を残し一足早く宿舎へと帰還。    しかしそんな中でも中澤 闘莉王 両選手は かなりいつまでも時間をかけ入念な調整を また二人は岡田監督と試合後 何やら話し合いもしていた。

2陣は 稲本をはじめ 今野 安部 佐藤 平山・・・   駒野は2陣にも入っていた。   
平山がループ等で 何ゴールも決めるなどアピールしていたが それは勿論 その影で動く 佐藤ら周囲との連携があっての事だ。。。 
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試合後 駒野選手は岡田監督と一緒の車に同乗。  
何と 車に荷物を置くと 監督は自らサポーターの方へと歩み寄り 「全員にサインするから」と ファンを落ち着かせながら一人一人に丁寧にサイン。    これにはびっくりした。
終わると 感激したサポーターから大きな拍手と 頑張って下さ〜い!という掛け声が上がっていた。
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試合中気づいた事など 選手を前にピッチで様々な指示を出す監督。
得点力 戦術云々と 様々な意見がちまたでは溢れているが 選手達への接し方 話し方を見ていると 監督の素晴らしい人格が垣間見えてくる。

選手だけではない 監督 コーチ・・・と 皆が4ヶ月後のW杯に向けて懸命に頑張っている。      こうして練習を見ていると 試合後の野次など飛ばす気にはならないのだが・・・。  

暖かかった気温は 夕方になり一気に下がりピッチも冷たい風が。  監督はプレー後 風邪をひかないよう 暖かくするようにと選手達に指示。
明日は香港戦  そして韓国 と中2日での厳しい2連戦。 
頑張れ・・・日本代表!!! 今度こそゴールを!!    
そして何よりも 遠いスペインで頑張っている俊輔の一日も早い回復を祈ります!!

※ちなみに本日 中国は何と韓国を3−0で破りました!             

2010年02月07日

俊輔エスパニョール アウェーレアルに完敗

リーガ第21節。  エスパニョールは アウェーで強豪レアルマドリードと対戦した。 
レアルとは2節 ホームで対戦しているが コルネジャのピッチ状態が劣悪の中  俊輔は代表戦から戻りたての 足首を痛めた状態で出場、 前半だけで後半デラペニャと交代した。    結局敗戦となってしまったが 俊輔の動きは悪くなく レアル相手に前半いい試合を見せていた。  
しかし現在レアルは その時のレアルとは別チーム。  首位バルサに勝ち点で5差と離されているものの 前節 鬼門と言われていたアウェーデポルティーボ戦で見事 18年ぶりの勝利を収めるなど 好調。 
それがホームとなれば 一層攻撃も活性化する事が予想された。

俊輔は 依然右太腿裏負傷離脱中でチームにまだ完全合流できておらず 前々から対戦を楽しみにしていた このレアル戦も 引き続き欠場を余儀なくされた。   チーム遠征には参同せず今日も治療に専念。   やはり18節オサスナ戦での強行出場が少なからず影響していると言わざるを得ない。。。  これで マジョルカ ビルバオに続き3試合連続欠場となってしまった。
しかしここでの焦りは禁物。  しっかり完治させてから 戦場へと戻って欲しい。

この強豪とのアウェー戦を前に エスパニョールは 頭を悩ませていた。    デラペニャ タムードは依然別メニューのまま。  デラペニャに至っては 一向に回復に向わない事から 一時は引退をも示唆 しかし最近ついに手術に踏み切る決断をしたようだ。   手術となれば少なくとも2〜3ヶ月はかかる。。。    更にDFフォルリンも未だ離脱中で結局間に合わず ボランチ モイセスも怪我・・・。

いや まだまだこれだけではない  チカは出場停止。  更に前線でゴールに絡む回数の多いカジェホンが レアル下部からの移籍の際 アウェーの古巣戦には出場しないという契約を結ばされている・・・という。    ただでさえ強い相手にアウェー、 そこでこれだけの選手が使えないとなれば 監督も頭を抱えるしかない・・・    

一方レアルはクリスティアーノロナウドがレッド退場で2試合出場停止。   ラッキー と言いたい所だが  カカーに シャビに ラウール ベンゼマ グティ・・・と世界のトップスター勢ぞろいのレアルにとっては 問題になるような事でもないだろう。 

スタメンにはようやく代表戦から癒えたGKカメニが復帰。
DF右にはロンカリア 左にDガルシア。   ボランチに若手バエナを置き 中盤右から コロ Jマルケス ベルドゥ 左にLガルシア。 今日も移籍したてのFWオスヴァルドのワントップで 始まった。

開始早々 右サイド LガルシアのクロスクリアをDガルシアがシュート!  最初のチャンスを作ったエスパだったが 前半エスパニョールの攻撃は この他 殆ど数えるほどしかなかった。

そして開始4分、 右サイドでパスを繋がれ自陣右高め アルベロアを倒しFK与えた。   FKはグラネロ、 ファーから中央スペースへと飛び出したセルヒオ・ラモスに頭で決められ あっという間に先制されてしまった。    何と開始からたったの4分・・・ 
あまりに早すぎた失点だった。   

予想はしていたが レアルは その後も圧倒的にボールを支配、 何度も何度もエスパエリアへと迫った。   インターセプトから カウンターから 必死で前へとボールを運ぶエスパだったが 二人がかりでしっかり守備をし 奪いに来るレアルに  中々前線までパスが繋がらない・・・   最後のパスも味方と中々合わない・・・ 
あっという間に奪われては速攻を喰らった。     

29分だった。   パス繋ぎ中央右からのグラネロのクロスにゴールまん前 ラウールに飛び込まれ ヘディングシュート!! 
GKカメニが必死に弾くも ゴール右へこぼれた球に素早く反応したカカーに押し込まれてしまった。    あっという間の追加点だった。

敵ながら カカーのこの反応の素早さ、しかもしっかりおさえて枠を捉えてくるあたりは 脱帽だった。 
悔しいという気持ちより これこそが 日本に今一番足りないもの・・・という思いが強くなった。  
カカーだけではない。   味方の撃つシュートを見ているだけではない周りの動き、  もしかしてそのシュートが ここへこぼれるかもしれない・・・と予想して動くレアル選手の察知力&判断の速さと身のこなし。。。

2失点の悔しさより 相手のプレーに魅せられてしまうほど 彼らのプレーは 魅力的だった。 
しかし・・・!  良く考えれば彼らと同じような サポを沸かせるプレーは これまで俊輔も何度も見せてきた。  FWではないが 攻撃に関するテクニック・・・ 流れを読み相手DFを崩すプレー・・・ 
そのテクニックがこのエスパで 花開く時が早く来て欲しいと 益々思いは募ってきてしまった。。。 

結局前半2−0で折り返したエスパ。  内容は数字が物語っていた。ボールポゼッション64:36 ゴールチャンス8:0  シュート数 14(7):3(0)・・・   エスパのシュートは立ったの3本 だが 枠を捉えたシュートはゼロ!!   大きなレベルの差を感じた。

後半頭から コロに代わりアロンソが投入された。 
しかし依然レアルの攻撃は好調。   相手の突破の速さに エスパは ファールでしかとめられない。。。 
故意とも取れるラフプレーが 次第に多くなっていった。

一向にシュートまで持っていけないエスパ。
Jマルケス そして投入された 若手Fマルケスの懸命のドリブルも 最後のクロスが中々味方に合わない・・・。 
  
一方レアルは華麗とも言えるプレーで エスパゴールへと迫った。
グラネロ・・・ラウール・・ グティ・・次々繰り出されるそのテクニックは エスパDF陣をあっという間に置き去りにした。
DFに阻まれ 崩せないエスパを見ながら 代表の試合を思い出した。
どんなに囲まれても それを突破してくるあの自信と技術。

俊輔は毎試合そんなプレーを見ているだけでも リーガで学ぶ事が山ほどあるだろと感じた。
必死のDFで2−0で終わるかと思われたロスタイム終了間際。
中央アーク付近からファンデルファールトが前線へと1本のロングパスを出した。   
空かさずDFに飛び出したVルイス、 しかしイグアインはそのボールを見事なトラップで受けると あっさりとVルイスを交わし GKと1対1に。   更に飛び出したGKカメニをも交わし あっという間にゴール・・・

完敗・・・3−0
これには ダメ押しゴールを決められた悔しさより 日本代表選手にこういう試合を何度も見て 彼らの動きをしっかり研究して欲しいという思いの方が強く残った。 
受けてからゴールまでの速さとその動きの質 そして見事なボールコントロール。。。
全てに於いて 今の代表に大いに欠けているものだと感じた。 

こんなレベルの中で 必死にもがいている俊輔・・・   例え中々試合に出られなくても 決して恥じる事などない。  レベルアップのチャンスと捉え 前向きに大壁に挑戦している俊輔が 心から誇りに思えた。  

2010年02月04日

2010日本代表合宿

俊輔 今度はどうやらお腹に来る風邪・・か?  体調崩しチーム練習には合流せず足の治療のみで帰宅した模様・・・><   レアルも難しくなりそう・・・  ご難続きで心配が尽きませんね。。。
それと同時にあれやこれや 次々と出てくる地元スポ紙の騒ぎは放っておいて 今日は俊輔も大いに気になっているであろう 日本代表練習のニュースでもお伝えする事に。
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          やや堅い表情?で練習場入りの選手達
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大分でのベネズエラ戦を終えた代表一行は昨日大移動、 東アジア選手権 中国 香港 韓国3連戦へ向け 千葉県内でまた練習をスタートさせた。 
ピッチ隅にはまだ先日降ったばかりの雪が溶けずに残る 気温6度前後と寒い中 午後から全員で練習開始。    非公開で約1時間弱の紅白戦を メンバーを入れ替えながら行うなど ベネズエラ戦での修正を含め実戦形式での練習に時間を費やした。 
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練習場に到着した岡田監督は スタンドに掲げた横断幕&日の丸の旗を振るサポーターの応援を見上げ 自ら笑顔で話しかける場面も。
一方選手達は 疲れもあるのだろうが やや静かな感じ。
先ずは タイムを計りながら短い距離をゆっくり走り 少しずつ速度をあげて走る・・・など 先ずはインターバル走的な軽いメニューから入った。
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国内組となった稲本に 久々の小笠原の姿も         
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ヤットさんの髪型がまた変化???
別メニューの選手は見当たらず 玉田 内田も完全に合流していた。
ウッチー 今日は無事 吐き気もなさそうだったが・・・

続いて中澤&闘莉王だけが違う色のビブスを付け あとのメンバーはビブス あり&なしに分かれ ゴールなしでピッチ半分を使ってのミニゲーム形式のパス練習?。
FW陣ではひときわ大きく見える平山も 先輩達に混じって懸命にプレー。    
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紅白戦は完全非公開だったため 自分は出待ちする事もせずそのまま帰宅。
練習後の選手の様子は判らないが 連戦で試合が近い事もあり 選手同士が合間にふざけあうような場面は一切見られなかった。       W杯本番まであとたったの4ヶ月・・・ 刻々と迫る本番へ向け選手達の表情もだんだん引き締まってきたようだ。     
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頑張れ!日本代表!!
俊輔の早期回復を心から祈ります。