2011年08月09日

マリノスDF3番 松田直樹を忘れない 

2011年8月4日。  まさかこの日が 直樹の命日になろうとは思ってもみなかった。 
2日前の8月2日。   移籍先 松本市のJFL 山雅FCの練習中に突然 急性心筋梗塞で倒れた直樹。    大勢の人の願いも空しく 懸命の治療の甲斐なく 2日後の4日午後1時6分 息を引き取ってしまった。    まだ34歳だった。  

山雅 そしてみなとみらいに設置された献花台に大勢の人が訪れる中  8日 直樹の故郷 群馬の桐生で 通夜が執り行われた。  
猛暑の中 夕方からは雷雨注意報まで発令されていた群馬。  だが会場となった桐生市斎場には本当に多くの人が訪れ 直樹との最後の別れを惜しんだ。  

本当に蒸し暑い日だった。   斎場のある新桐生駅までは約2時間半。   正直 新桐生という駅がある事さえ知らなかった。     
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新桐生駅は田舎らしいこじんまりとした駅だった。   会場までのバスはなく、タクシーで向かおうとするも 駅前のタクシー乗り場にタクシーがない。   待つこと約15分。   ようやくタクシーが来て、近くに居たマリサポ3人と相乗りして斎場へと向かった。    タクシーに乗る事約10分。   山の中腹にある桐生市斎場に到着した。    周りは山々に囲まれ 本当にのどかだ・・・  

しかし まだ開始から1時間半以上前にも関わらず 既に会場前は多くの報道陣やカメラで埋め尽くされており、 山雅やマリノスのサポーターも30名程が到着していた。    式の運営は広報や通訳などのマリノススタッフをはじめ、 山雅のスタッフなど 関係者達で執り行われていた。
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到着して間もなく、16時20分頃、 霊柩車が斎場に到着した。   直樹が眠っている棺が運ばれると現場は一層深い悲しみに包まれ、カメラマンのフラッシュが眩しく焚かれた。   そして、母正恵さんや直樹のお姉さんが車から降りてくると 涙ながらに 早くから参列して待っていた山雅やマリノスのサポーターに 感謝の意を述べる。     消え入りそうなその声が 報道カメラのシャッター音にかき消された。

16:50分 マリノスバスが到着した。   中澤を先頭に 続々と選手達が目の前を通り会場入り、 俊輔が後に続いて少し遅れて会場に入っていった。    チームスーツに黒いネクタイ姿の選手達。   栗原は代表のため不在だった。   その後に山雅の選手バスも到着した。    続々と会場へ到着する関係者。   

肉眼で確認のとれただけでもこれだけの選手達が。    元同僚だった安永、城、吉田(孝)、河合、中山、田中(裕)、小宮山、福西、川口、中西、岡山、平間、村上、北澤、遠藤(彰)、大榎、楢崎、田中(隼)、中田(浩)、小笠原、鈴木(隆)、宮本。     そして何と 生前何度もレッドカードを出された岡田正義ら審判団。  また早野宏、山本昌邦、岡田武士、水沼貴史、木村浩吉、フィリップトルシエ・・・などが次々参列。
P1010650b.jpg記者に囲まれるトルシエ元監督
18時開始の予定が、あまりに大勢の参列者がいたせいか17時半に時間を変更。  17;20分にファン、 サポーターの参列者は専用ルートを通って焼香台の前まで案内された。  その途中の通路脇には 多くの供花が飾られており、 ファンやサポーターをはじめ、今まで直樹と共に生きてきた選手、OB、Jクラブ関係者、サッカー協会、芸能人などから 沢山の花が届けられていた。

ファン、サポーター専用の焼香台は会場部屋の入り口手前にあり、左右には山雅とマリノスのフラッグが飾られていた。   そこから部屋の一番奥にある直樹の遺影が見える。    
2002年日韓ワールドカップのロシア戦で勝利した時の写真で、両手を上げて満面の笑みで喜んでいる直樹の姿だった。     祭壇の両脇には大きなサッカーボールが。 

部屋の前には 生前袖を通した前橋育英高校、マリノス、山雅、ユース日本代表、フル代表のユニフォーム、そしてファンやサポーターからの贈呈品などがいっぱいに敷き詰められていた。
焼香後 こらえきれず涙する選手も。   

通夜を前に母正恵さんより参列者に御礼の挨拶があった。  話の詳細まではわからなかったが、涙ながらに話している声が かすかに聞こえた。
振り向くと 会場にはサポの長蛇の列が。   恐らくファン、サポーターだけでも千人以上はいたと思われる。   本当に大勢の人に愛されていた直樹。。。  遠方にも関わらず駆け付けたサポーターの多さが  彼の優しい人柄を表していた。 
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あまりに大勢の人が来場したため お焼香は心を込めて一回ということで、12あるお焼香の前で一列になって各々の想いを胸に手を合わせるサポ。
メッセージ入りの直樹の写真を入れたA4アルバムを持参した自分は 焼香台の両隣にあった机にそっと供えた。
そこには多くのファンやサポーターから供えられた花束や手紙が沢山置かれていた。
焼香を終え出口へと向かう中 ヴィッセル神戸の吉田(孝)選手と一緒に  『前節はありがとうございました』と直樹にピッチで喪章を掲げてくれたお礼を言い硬い握手を交わしてきた。   吉田選手の優しい微笑が 寂しい心を癒してくれた。    次節はその神戸とのゲームだが。。。><

遺影を見ながら もう2度とあの直樹の笑顔を見る事が出来ないと思うとたまらなかった。   
涙ながらに会場を出ると 目の前の報道陣から一斉に眩しいぐらいのフラッシュを浴びた。    大雨洪水警報が発令されていた桐生市、 だが それが嘘のように ほとんど雨は降らなかった。
みんな いつまでも泣いてないで 前を向けよ っと言っているのか?・・・直樹・・・

水沼さんは 「大雨洪水警報が出ていたのに全然降らなくて・・・ まるでマツみたいな気まぐれ天気だね 」 と言って笑っていた。    同じマリノスで戦って来た仲間  水沼さんには後輩マツさんのそんな一面が 懐かしく感じられたのだろう。 
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訪れたサポーターには こんなハガキが渡されていた。   マリノスのユニを着た直樹 そして裏には 山雅のユニを来た直樹が写っていた。  そしてお母さん松田正恵さんからのメッセージが。

マリノスの方には
【マリノスサポーターの皆様へ】
16年間マツに熱狂的な暖かい応援をいただき有難うございました。  直樹共々感謝、感動でいっぱいでございます。       松田正恵   

そして山雅には
【山雅サポーターの皆様へ】
短い間でしたが、マツ、マツ と暖かい応援ありがとうございました。   どうか今年マツのJ2昇格への夢を実現させてください。      松田正恵 

と・・・。
会場では気丈にふるまう母 正恵さんだったが 親より先に逝ってしまった息子 直樹を思うと そのショックの大きさは計り知れないものがあるだろうと推測される。 
直樹の戒名は 照徳嶺樹清居士(しょうとくりょうじゅせいこじ)

マリノス選手達は関係者と共にバスで群馬入り。  急遽翌日の練習を中止とし 待ってはくれない次節 アウェー神戸戦へ向け OFF1日で 気持ちを入れ替える。
人気選手でありながら 全く気取る事なく 優しかった直樹選手。   俊輔とのエピソードは数えきれないほどあるが どんな時でも 素直で純粋に  ひたむきに  最後まで諦めず熱く懸命に立ち向かっていく直樹魂は  これからサッカー界を背負っていく選手達にも 絶対引き継いで行って欲しいものだ。
       
そして一夜明けた今日9日 同じ桐生市斎場にて 葬儀 告別式が行われた。  昨日に引き続きトルシエ氏 城 安永 佐藤由 そして中田英寿 秋田 楢崎 三都主もかけつけ 別れを惜しんだ。
母 正恵さんが出棺の挨拶すると  サポーターから啜り泣きと 「ナーオーキ」 の大きなコールが巻き起こり 会場の涙を誘っていた。  
さよならは言わない。  ナオキ見ていてくれ! これからのマリノスをずっと!!!
尚 現在photo galleryにて松田直樹選手の追悼集を掲載しています↓
http://photo-gallery.seesaa.net/

=追伸= 直樹追悼試合決定
http://matsu3.jp/
posted by Hiro at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 俊輔マリノス情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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